第20章 第一の課題 6
ハリーはテントから出た。
恐怖感が体の中でずんずん高まってくる。
そして、いま、木立を過ぎ、ハリーは囲い地の柵の切れ目から中に入った。
目の前のすべてが、まるで色鮮やかな夢のように見えた。
何百何千という顔がスタンドからハリーを見下ろしている。
前にハリーがここに立ったときにはなかったスタンドが、魔法で作り出されていた。
そして、ホーンテールがいた。
囲い地のむこう端に、一胎の卵をしっかり抱えて伏せている。
両翼は半分開き、邪悪な黄色い目でハリーを睨み、鱗に覆われた黒いトカゲのような怪物は、棘だらけの尾を地面に激しく打ちつけ、硬い地面に、幅一メートルもの溝を削り込んでいた。
観衆は大騒ぎしていた。
それが友好的な騒ぎかどうかなど、ハリーは知りもしなければ気にもしなかった。
いまこそ、やるべきことをやるのだ……気持を集中させろ、全神経を完全に、たった一つの望みの綱に。
ハリーは杖を上げた。
「アクシオ ファイアボルト!」
ハリーが叫んだ。
ハリーは待った。
神経の一本一本が、望み、祈った……もしうまくいかなかったら……もしファイアボルトが来なかったら……周りのものすべてが、蜃気楼のように、揺らめく透明な壁を通して見えるような気がした。
囲い地も何百という顔も、ハリーの周りで奇妙にユラユラしている……。
そのとき、ハリーは聞いた。
背後の空気を貫いて疾走してくる音を。
振り返ると、ファイアボルトが森の端からハリーのほうへ、ビュンビュン飛んでくるのが見えた。
そして、囲い地に飛び込み、ハリーの脇でピタリと止まり、宙に浮いたままハリーが乗るのを待った。
観衆の騒音が一段と高まった……バグマンが何か叫んでいる……しかしハリーの耳はもはや正常に働いてはいなかった……聞くなんてことは重要じゃない……。
ハリーは片足をサッと上げて箒に跨り、地面を蹴った。
そして次の瞬間、奇跡とも思える何かが起こった……。
飛翔したとき、風が髪をなびかせたとき、ずっと下で観衆の顔が肌色の点になり、ホーンテールが犬ほどの大きさに縮んだとき、ハリーは気づいた。
地面を離れただけでなく、恐怖からも離れたのだと……ハリーは自分の世界に戻ったのだ……。
クィディッチの試合と同じだ。
それだけなんだ……またクィディッチの試合をしているだけなんだ。
ホーンテールは醜悪な敵のチームじゃないか……。
ハリーは抱え込まれた卵を見下ろし、金の卵を見つけた。
ほかのセメント色の卵に混じって光を放ち、ドラゴンの前脚の間に安全に収まっている。
「オッケー」
ハリーは自分に声をかけた。
「陽動作戦だ……行くぞ……」
ハリーは急降下した。
ホーンテールの首がハリーを追った。
ドラゴンの次の動きを読んでいたハリーは、それより一瞬早く上昇に転じた。
そのまま突き進んでいたなら直撃されていたに違いない場所めがけて火炎が噴射された……しかし、ハリーは気にもしなかった……ブラッジャーを避けるのとおんなじだ……。
「いやあ、たまげた。なんたる飛びっぷりだ!」
バグマンが叫んだ。
観衆は声を絞り、息を呑んだ。
「クラム君、見てるかね?」
ハリーは高く舞い上がり、弧を描いた。
ホーンテールはまだハリーの動きを追っている。
長い首を伸ばし、その上で頭がグルグル回っている__このまま続ければ、うまい具合に目を回すかもしれない__しかし、あまり長くは続けないほうがいい。
さもないと、ホーンテールがまた火を吐くかもしれない__。
ハリーは、ホーンテールが口を開けたとたんに、急降下した。
しかし、今度はいまひとつツキがなかった__炎はかわしたが、代わりに尻尾が鞭のように飛んできて、ハリーを狙った。
ハリーが左に逸れて尾をかわしたとき、長い棘が一本、ハリーの肩をかすめ、ローブを引き裂いた__。
ハリーは傷がズキズキするのを感じ、観衆が叫んだり呻いたりするのを聞いた。
しかし傷はそれほど深くなさそうだ……今度はホーンテールの背後に回り込んだ。
そのとき、これなら可能性がある、と、あることを思いついた……。
ホーンテールは飛び立とうとはしなかった。
卵を守る気持のほうが強かったのだ。
身を捩り、翼を閉じたり広げたりしながら、恐ろしげな黄色い目でハリーを見張り続けていたが、卵からあまり遠くに離れるのが心配なのだ……しかし、なんとかしてホーンテールが離れるようにしなければ、ハリーは絶対に卵に近づけない……慎重に、徐々にやるのがコツだ……。
ハリーはあちらへヒラリ、こちらへヒラリ、ホーンテールがハリーを追い払おうとして炎を吐いたりすることがないように、一定の距離をとり、しかも、ハリーから目を逸らさないように、十分に脅しをかける近さを保って飛んだ。
ホーンテールは首をあちらへユラリ、こちらへユラリと振り、縦長に切れ込んだ瞳でハリーを睨み、牙をむいた……。
ハリーはより高く飛んだ。
ホーンテールの首がハリーを追って伸びた。
いまや伸ばせるだけ伸ばし、首をユラユラさせている。
蛇使いの前の蛇のように……。
ハリーはさらに一メートルほど高度を上げた。
ホーンテールはイライラと唸り声をあげた。
ホーンテールにとって、ハリーは蠅のようなものだ。
バシッと叩き落したい蠅だ。
尻尾がまたバシリと鞭のように動いた。
が、ハリーはいまや届かない高みにいる……ホーンテールは炎を吹き上げた。
ハリーがかわした……ホーンテールの顎がガッと開いた……。
「さあ来い」
ハリーは歯を食いしばった。
焦らすようにホーンテールの頭上をくねって飛んだ。
「ほーら、ほら、捕まえてみろ……立ち上がれ。そら……」
そのとき、ホーンテールが後脚で立った。
ついに広げきった巨大な黒なめし革のような両翼は、小型飛行機ほどもある__ハリーは急降下した。
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