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第14章 許されざる呪文 3

「『はりつけの呪文』」ムーディが口を開いた。
「それがどんなものかわかるように、少し大きくする必要がある」
ムーディは杖をクモに向けた。
エンゴージオ!肥大せよ!
クモが膨れ上がった。いまやタランチュラより大きい。
ロンは、恥も外聞もかなぐり捨て、椅子をグッと引き、ムーディの机からできるだけ遠ざかった。

ムーディは再び杖を上げ、クモに指し、呪文を唱えた。
クルーシオ!苦しめ!
たちまち、クモは脚を胴体に引き寄せるように内側に折り曲げて引っくり返り、七転八倒しちてんばっとうし、ワナワナと痙攣しはじめた。
何の音も聞こえなかったが、クモに声があれば、きっと悲鳴をあげているに違いない、とハリーは思った。
ムーディは杖をクモから離さず、クモはますます激しく身をよじりはじめた__。

「やめて!」ハーマイオニーが金切り声をあげた。
ハリーはハーマイオニーを見た。ハーマイオニーの目はクモではなく、ネビルを見ていた。
その視線を追って、ハリーが見たのは、机の上で指の関節が白く見えるほどギュッとこぶしを握り締め、恐怖に満ちた目を大きく見開いたネビルだった。

ムーディは杖を離した。クモの脚がはらりとゆるんだが、まだヒクヒクしていた。
レデュシオ!縮め!
ムーディが唱えると、クモは縮んで、元の大きさになった。ムーディはクモを瓶に戻した。
「苦痛」ムーディが静かに言った。
「『磔の呪文』が使えれば、拷問に『親指締め』もナイフも必要ない……これも、かつて盛んに使われた。
よろしい……ほかの呪文を何か知っている者はいるか?」
ハリーは周りを見回した。みんなの顔から、「三番目のクモはどうなるのだろう」と考えているのが読み取れた。
三度目の挙手をしたハーマイオニーの手が、少し震えていた。
「何かね?」ムーディがハーマイオニーを見ながら聞いた。
「『アバダ ケダブラ』」ハーマイオニーが囁くように言った。
何人かが不安げにハーマイオニーのほうを見た。ロンもその一人だった。

「ああ」牝馬がった口をさらに曲げて、ムーディが微笑んだ。
「そうだ。最後にして最悪の呪文『アバダ ケダブラ』……死の呪いだ」
ムーディはガラス瓶に手を突っ込んだ。
すると、まるで何が起こるのかを知っているように、三番目のクモは、ムーディの指から逃れようと、瓶の底を狂ったように走りだした。
しかし、ムーディはそれを捕らえ、机の上に置いた。クモはそこでも、木の机の端のほうへと必死で走った。

ムーディが杖を振り上げた。ハリーは突然、不吉な予感で胸が震えた。
アバダ ケダブラ!
ムーディの声が轟いた。

目も眩むような緑の閃光が走り、まるで目に見えない大きなものが宙に舞い上がるような、グォーッという音がした__その瞬間、クモは仰向けに引っくり返った。
何の傷もない。しかし、まぎれもなく死んでいた。
女の子が何人か、あちこちで声にならない悲鳴をあげた。クモがロンのほうにすっと滑ったので、ロンはのけ反り、危うく椅子から転げ落ちそうになった。

ムーディは死んだクモを机から床に払い落とした。
「よくない」ムーディの声は静かだ。
「気持のよいものではない。しかも、反対呪文は存在しない。防ぎようがない。これを受けて生き残った者は、ただ一人。その者は、わしの目の前に座っている」
ムーディの目が(しかも両眼が)、ハリーの目を覗き込んだ。
ハリーは顔が赤くなるのを感じた。みんなの目がいっせいにハリーに向けられたのも感じ取った。ハリーは何も書いてない黒板を、魅せられたかのように見つめたが、実は何も見てはいなかった……。

そうなのか。父さん、母さんは、こうして死んだのか……あのクモとおんなじように。あんなふうに、何の傷も、しるしもなく。
肉体から命が拭い去られるとき、ただ緑の閃光を見、駆け抜ける死の音を聞いただけだったのだろうか?

この三年間というもの、ハリーは両親の死の光景を、繰り返し繰り返し思い浮かべてきた。両親が殺されたということを知ったときから、あの夜に何が起こったかを知ったときからずっと。
ワームテールが両親を裏切って、ヴォルデモートにその居所いどころを漏らし、二人を追って、その隠れ家にヴォルデモートがやってきた。
ヴォルデモートはまず父親を殺した。ジェームズ・ポッターは、妻に向かって、ハリーを連れて逃げろと叫びながら、ヴォルデモートを食い止めようとした……ヴォルデモートはリリー・ポッターに迫り、どけ、ハリーを殺す邪魔をするな、と言った……母親は、代わりに自分を殺してくれとヴォルデモートにすがり、あくまでも息子をかばい続けて離れなかった……そして、ヴォルデモートは、母親をも殺し、杖をハリーに向けた……。

一年前、吸魂鬼ディメンターと戦ったとき、ハリーは両親の最期いまわの声を聞いた。そしてこうした細かい光景を知ったのだ__吸魂鬼ディメンターの恐ろしい魔力が、餌食となる者に、人生最悪の記憶をありありと思い出させ、絶望と無力感に溺れるようにしむけるのだ……。

ムーディがまた話し出した__遥かかなたで__とハリーには聞こえた。


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