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第20章 吸魂鬼のキス 3

一瞬、ハリーは意を決しかねた。しかし、いまここにいても、ロンには何もしてやることができない。しかもあの声からすると、ブラックは窮地きゅうちに陥っている__。

ハリーは駆け出した。ハーマイオニーもあとに続いた。
甲高い鳴き声は湖のそばから聞こえてくるようだ。二人はその方向に疾走した。全力で走りながら、ハリーは寒気を感じたが、その意味には気づかなかった__。

キャンキャンという鳴き声が急にやんだ。
湖のほとりに辿り着いたとき、それがなぜなのかを二人は目撃した__シリウスは人の姿に戻っていた。うずくまり、両手で頭を抱えている。

「やめろぉぉぉぉ」シリウスが呻いた。
「やめてくれぇぇぇぇ……頼む……」
そして、ハリーは見た。
吸魂鬼ディメンターだ。少なくとも百人が、真っ黒な塊になって、湖の周りからこちらに、滑るように近づいてくる。
ハリーはあたりをぐるりと見回した。いつもの氷のように冷たい感覚が体の芯を貫き、目の前が霧のようにかすんできた。
四方八方しほうはっぽうの闇の中から、つぎつぎと吸魂鬼ディメンターが現れてくる。三人を包囲している……。

「ハーマイオニー、何か幸せなことを考えるんだ!」
ハリーが杖を上げながら叫んだ。
目の前の霧を振り払おうと、激しく目をしばたき、内側から聞こえはじめた微かな悲鳴を振り切ろうと、頭を振った__。

僕は名付親なづけおやと暮らすんだ。ダーズリー一家と別れるんだ。

ハリーは必死で、シリウスのことを、そしてそのことだけを考えようとした。そして、唱えはじめた。

「エクスペクト・パトローナム、守護霊パトローナスよ来たれ!エクスペクト・パトローナム!」

ブラックは大きく身震いして引っくり返り、地面に横たわり動かなくなった。死人のように青白い顔だった。

シリウスは大丈夫だ。僕はシリウスと行く。シリウスと暮らすんだ。

「エクスペクト・パトローナム!ハーマイオニー、助けて!エクスペクト・パトローナム!」
「エクスペクト__」ハーマイオニーも囁くように唱えた。
「エクスペクト__エクスペクト__」
しかし、ハーマイオニーはうまくできなかった。
吸魂鬼ディメンターが近づいてくる。もう三メートルと離れていない。
ハリーとハーマイオニーの周りを、吸魂鬼ディメンターが壁のように囲み、二人に迫ってくる……。

エクスペクト・パトローナム!
ハリーは耳の中で叫ぶ声を掻き消そうと、大声で叫んだ。
エクスペクト・パトローナム!
杖先から、銀色のものが一筋ひとすじ流れ出て、目の前にかすみのように漂った。同時に、ハリーは隣のハーマイオニーが気を失うのを感じた。
ハリーは一人になった……たった一人だった……。

「エクスペクト__エクスペクト・パトローナム__」
ハリーは膝に冷たい下草したくさを感じた。目に霧がかかった。
渾身の力を振り絞り、ハリーは記憶を失うまいと戦った__シリウスは無実だ__無実なんだ__僕たちは大丈夫だ__僕はシリウスと暮らすんだ__。

「エクスペクト・パトローナム!」
ハリーは喘ぐように言った。

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