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第14章 許されざる呪文 4
力を奮い起こし、ハリーは自分を現実に引き戻し、ムーディの言うことに耳を傾けた。
「『アバダ ケダブラ』の呪いの裏には、強力な魔力が必要だ__おまえたちがこぞって杖を取り出し、わしに向けてこの呪文を唱えたところで、わしに鼻血さえ出させることができるものか。しかし、そんなことはどうでもよい。わしは、おまえたちにそのやり方を教えにきているわけではない。
さて、反対呪文がないなら、なぜおまえたちに見せたりするのか?それは、おまえたちが知っておかなければならないからだ。
最悪の事態がどういうものか、おまえたちは味わっておかなければならない。せいぜいそんなものと向き合うような目に遭わぬようにするんだな。油断大敵!」
声が轟き、またみんな飛び上がった。
「さて……この三つの呪文だが__『アバダ ケダブラ』、『服従の呪文』、『磔の呪文』__これらは『許されざる呪文』と呼ばれる。
同類であるヒトに対して、このうちどれか一つの呪いをかけるだけで、アズカバンで終身刑を受けるに値する。
おまえたちが立ち向かうのは、そういうものなのだ。そういうものに対しての戦い方を、わしはおまえたちに教えなければならない。備えが必要だ。武装が必要だ。
しかし、何よりもまず、常に、絶えず、警戒することの訓練が必要だ。羽根ペンを出せ……これを書き取れ……」
それからの授業は、「許されざる呪文」のそれぞれについて、ノートを取ることに終始した。
ベルが鳴るまで、だれも何もしゃべらなかった__しかし、ムーディが授業の終りを告げ、みんなが教室を出るとすぐに、ワッとばかりにおしゃべりが噴出した。ほとんどの生徒が、恐ろしそうに呪文の話をしていた__「あのクモのピクピク、見たか?」「__それに、ムーディが殺したとき__あっという間だ!」
みんなが、まるですばらしいショーか何かのように__とハリーは思った__授業の話をしていた。
しかし、ハリーにはそんなに楽しいものとは思えなかった__どうやら、ハーマイオニーも同じ思いだったらしい。
「早く」
ハーマイオニーが緊張した様子でハリーとロンを急かした。
「また、図書館ってやつじゃないだろうな?」ロンが言った。
「違う」
ハーマイオニーはぶっきらぼうにそう言うと、脇道の廊下を指差した。
「ネビルよ」
ネビルが廊下の中ほどにぽつんと立っていた。ムーディが「磔の呪文」をやって見せたあのときのように、恐怖に満ちた目を見開いて、目の前の石壁を見つめている。
「ネビル?」ハーマイオニーがやさしく話しかけた。
ネビルが振り向いた。
「やあ」ネビルの声はいつもよりかなり上ずっていた。
「おもしろい授業だったよね?夕食の出し物はなにかな。僕__僕、お腹ペコペコだ。君たちは?」
「ネビル、あなた、大丈夫?」ハーマイオニーが聞いた。
「ああ、うん。大丈夫だよ」
ネビルは、やはり不自然に甲高い声で、ベラベラしゃべった。
「とってもおもしろい夕食__じゃないや、授業だった__夕食の食い物ははんだろう?」
ロンはギョッとしたような顔でハリーを見た。
「ネビル、いったい__?」
そのとき、背後で奇妙なコツッ、コツッという音がして、振り返るとムーディ先生が足を引きずりながらやってくるところだった。四人とも黙り込んで、不安げにムーディを見た。
しかし、ムーディの声は、いつもの唸り声よりずっと低く、やさしい唸り声だった。
「大丈夫だぞ、坊主」ネビルに向かってそうこえをかけた。
「わしの部屋に来るか?おいで……茶でも飲もう……」
ネビルはムーディと二人でお茶を飲むと考えただけで、もっと怖がっているように見えた。身動きもせず、しゃべりもしない。
ムーディは「魔法の目」をハリーに向けた。
「おまえは大丈夫だな?ポッター?」
「はい」ハリーは、ほとんど挑戦的に返事をした。
ムーディの青い目が、ハリーを眺め回しながら、微かにフフフと揺れた。
そして、こう言った。
「知らねばならん。惨いかもしれん、たぶんな。しかし、おまえたちは知らねばならん。知らぬふりをしてどうなるものでもない……さあ……おいで。ロングボトム。おまえが興味を持ちそうな本が何冊かある」
ネビルは拝むような目でハリー、ロン、ハーマイオニーを見たが、だれも何も言わなかった。
ムーディの節くれだった手を片方の肩に載せられ、ネビルは、しかたなく、促されるままについていった。