第8章 絶命日パーティ 8
「…引き裂いてやる…八つ裂きにしてやる…殺してやる…」
あの声と同じだ。ロックハートの部屋で聞いたと同じ、冷たい、残忍な声。
ハリーはよろよろとして立ち止まり、石の壁にすがって、全身を耳にして声を聞いた。そして、ほの暗い灯りに照らされた通路の隅から隅まで、目を細めて、じっと見まわした。
「ハリー、いったい何を?…」
「またあの声なんだ__ちょっと黙ってて__」
「…腹がへったぞー…こんなに長ーい間…」
「ほら、聞こえる!」ハリーが急き込んで言った。ロンとハーマイオニーはハリーを見つめ、その場に凍りついたようになった。
「…殺してやる…殺すときが来た…」
声はだんだん幽かになってきた。ハリーはそれがたしかに移動していると思った__上の方に遠ざかって行く。暗い天井をじっと見上げながら、ハリーは恐怖と興奮の入り交じった気持ちで胸を絞めつけられるようだった。どうやって上の方へ移動できるんだろう?石の天井でさえなんの障害にもならない幻なのだろうか?
「こっちだ」
ハリーはそう叫ぶと階段を駆け上がって玄関ホールに出た。しかし、そこでは何か聞こうなど、無理な注文だった。ハロウィーン・パーティのペチャクチャというおしゃべりが大広間からホールまで響いていた。ハリーは大理石の階段を全速力で駆け上がり、二階に出た。ロンとハーマイオニーもバタバタとあとに続いた。
「ハリー、いったい僕たち何を…」
「シーッ!」
ハリーは耳をそばだてた。遠く上の階から、ますます幽かになりながら、声が聞こえてきた。
「…血の臭いがする…血の臭いがするぞ!」
ハリーは胃が引っくり返りそうだった。
「誰かを殺すつもりだ!」
そう叫ぶなり、ハリーはロンとハーマイオニーの当惑した顔を無視して、三階への階段を、一度に三段ずつ吹っ飛ばして駆け上がった。その間も、自分の足音の響きにかき消されそうになる声を、聞き取ろうとした。
ハリーは三階をくまなく飛び回った。ロンとハーマイオニーは息せき切って、ハリーのあとをついて回った。角を曲がり、最後の、誰もいない廊下に出たとき、ハリーはやっと動くのをやめた。
「ハリー、いったいこれはどういうことだい?」ロンが額の汗を拭いながら聞いた。
「僕にはなんにも聞こえなかった…」
しかし、ハーマイオニーの方は、ハッと息を呑んで廊下の隅を指差した。
「見て!」
むこうの壁に何かが光っていた。三人は暗がりに目を凝らしながら、そーっと近づいた。窓と窓の間の壁に、高さ三十センチほどの文字が塗りつけられ、松明に照らされてチラチラと鈍い光を放っていた。
「なんだろう__下にぶら下がっているのは?」ロンの声はかすかに震えていた。
じりじりと近寄りながら、ハリーは危うく滑りそうになった。床に大きな水溜りができていたのだ。ロンとハーマイオニーがハリーを受け止めた。文字に少しずつ近づきながら、三人は文字の下の、暗い影に目を凝らした。一瞬にして、それがなんなのか三人ともわかった。途端に三人はのけぞるように飛びのき、水溜りの水を跳ね上げた。
管理人の飼い猫、ミセス・ノリスだ。松明の腕木に尻尾を絡ませてぶら下がっている。板のように硬直し、目はカッと見開いたままだった。
しばらくの間、三人は動かなかった。やおら、ロンが言った。
「ここを離れよう」
「助けてあげるべきじゃないかな…」ハリーが戸惑いながら言った。
「僕の言う通りにして」ロンが言った。「ここにいるところを見られない方がいい」
すでに遅かった。遠い雷鳴のようなざわめきが聞こえた。パーティが終わったらしい。三人が立っている廊下の両側から、階段を上ってくる何百という足音、満腹で楽しげなさざめきが聞こえてきた。次の瞬間、生徒たちが廊下にワッと現れた。
前の方にいた生徒がぶら下がった猫を見つけた途端、おしゃべりも、さざめきも、ガヤガヤも突然消えた。沈黙が生徒たちの群れに広がり、おぞましい光景を前の方で見ようと押し合った。その傍らで、ハリー、ロン、ハーマイオニーは廊下の真ん中にポツンと取り残されていた。
やおら、静けさを破って誰かが叫んだ。
「継承者の敵よ、気をつけよ!次はおまえたちの番だぞ、『穢れた血』め!」
ドラコ・マルフォイだった。人垣を押しのけて最前列に進み出たマルフォイは、冷たい目に生気をみなぎらせ、いつもは血の気のない頬に赤みがさし、ぶら下がったままピクリともしない猫を見てニヤッと笑った。
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