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第15章 ボーバトンとダームストラング 7

「もうすぐ来るじゃろう」ダンブルドアが答えた。
「外でお待ちにまってお出迎えなさるかな?それとも城中じょうちゅうに入られて、ちと、だんを取られますかな?」
「あたたまりたーいです。でも、ウーマは__」
「こちらの『魔法生物飼育学』の先生が喜んでお世話するじゃろう」
ダンブルドアが言った。
「別の、あー__仕事で、少し面倒があってのう。片づき次第すぐに」
「スクリュートだ」ロンがニヤッとしてハリーに囁いた。
「わたーしのウーマたちのせわは__あー__ちからいりまーす」
マダム・マクシームはホグワーツの「魔法生物飼育学」の先生にそんな仕事ができるかどうか疑っているような顔だった。
「ウーマたちは、とてもつよーいです……」
「ハグリッドなら大丈夫。やり遂げましょう。わしがいますぞ」
ダンブルドアが微笑んだ。
「それはどーも」マダム・マクシームは軽く頭を下げた。
「どうぞ、そのグリッドに、ウーマはシングルモスト・ウィスキーしかのまなーいと、おつたえくーださいますか?」
かしこまりました」ダンブルドアもお辞儀した。

「おいで」
マダム・マクシームは威厳たっぷりに生徒を呼んだ。
ホグワーツ生の列が割れ、マダムと生徒が石段を上れるよう、道を空けた。

「ダームストラングの馬はどのくらい大きいと思う?」
シェーマス・フィネガンが、ラベンダーとパーバティのむこうから、ハリーとロンのほうに身を乗り出して話しかけた。
「うーん、こっちの馬より大きいんなら、ハグリッドでも扱えないだろうな」
ハリーが言った。
「それも、ハグリッドがスクリュートに襲われていなかったらの話だけど。いったい何が起こったんだろう?」
「もしかして、スクリュートが逃げたかも」ロンはそうだといいのに、という言い方だ。
「ああ、そんなこと言わないで」
ハーマイオニーが身震いした。
「あんな連中が校庭にウジャウジャしてたら……」

ダームストラング一行を待ちながら、みんな少し震えて立っていた。
生徒の多くは、期待を込めて空を見つめていた。
数分間、静寂を破るのはマダム・マクシームの巨大な馬の鼻息と、地を蹴る蹄の音だけだった。
だが__。

「なにか聞こえないか?」突然ロンが言った。
ハリーは耳を澄ませた。
闇の中からこちらに向かって、大きな、言いようのない不気味な音が伝わってきた。
まるで巨大な掃除機が川底をさらうような、くぐもったゴロゴロという音、吸い込む音……。

「湖だ!」
リー・ジョーダンが指差して叫んだ。
「湖を見ろよ!」
そこは、芝生の一番上で、校庭を見下ろす位置だったので、湖の黒く滑らかな水面がはっきり見えた__その水面が、突然乱れた。
中心の深いところで何かがざわめいている。
ボコボコと大きなあぶくが表面に湧き出し、波が岸の泥を洗った__そして、湖の真々中まんまんなかが渦巻いた。
まるで湖底の巨大な栓が抜かれたかのように……。

渦の中心から、長い、黒い竿さおのようなものが、ゆっくりとせり上がってきた……そして、ハリーの目に、帆桁ほげたが……。
「あれは帆柱ほばしらだ!」
ハリーがロンとハーマイオニーに向かって言った。

ゆっくりと、堂々と、月明かりを受けて船は水面に浮上した。
まるで引き上げられた難破船のような、どこか骸骨のような感じがする船だ。
丸い船窓せんそうからチラチラ見える仄暗ほのぐらかすんだあかりが、幽霊の目のように見えた。
ついに、ザバーッと大きな音を立てて、船全体が姿を現わし、水面が波立たせて船体を揺すり、岸に向かって滑りだした。
数分後、浅瀬にいかりを投げ入れる水音が聞こえ、タラップを岸に下ろすドスッという音がした。

乗員が下船してきた。
船窓の灯りをよぎるシルエットが見えた。
ハリーは、全員が、クラッブ、ゴイル並の体つきをしているらしいことに気づいた……しかし、だんだん近づいてきて、芝生を登りきり、玄関ホールから流れ出る明りの中に入るのを見たとき、大きな体に見えたのは、実はモコモコとした分厚い毛皮のマントを着ているせいだとわかった。
城まで全員を率いてきた男だけは、違うものを着ている。
男の髪と同じく、滑らかで銀色の毛皮だ。

「ダンブルドア!」
坂道を登りながら、男がほがらかに声をかけた。
「やあやあ。しばらく。元気かね」
「元気いっぱいじゃよ。カルカロフ校長」
ダンブルドアが挨拶を返した。

カルカロフの声は、耳に心地よく、うわすべりに愛想がよかった。
城の正面扉から溢れ出る明りの中に歩み入ったとき、ダンブルドアと同じく痩せた、背の高い姿が見えた。
しかし、銀髪は短く、先のちぢれた山羊髭やぎひげは、貧相な顎を隠しきれていなかった。
カルカロフはダンブルドアに近づき、両手で握手した。

「懐かしのホグワーツ城」
カルカロフは城を見上げて微笑んだ。
歯が黄ばんでいた。
それに、ハリーは、目が笑っていないことに気づいた。
冷たい、抜け目のない目のままだ。
「ここに来れたのはうれしい。実にうれしい……ビクトール、こっちへ。暖かいところへ来るがいい……ダンブルドア、かまわないかね?ビクトールは風邪気味なので……」
カルカロフは生徒の一人を差し招いた。
その青年が通り過ぎたとき、ハリーはチラリと顔を見た。
曲がった目立つ鼻、濃い、黒い眉。
ロンから腕にパンチを食わされるまでもない。
耳元で囁かれる必要もない。
まぎれもない横顔だ。

「ハリー__クラムだ!

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