第9章 闇の印 7
ディゴリー氏がクラウチ氏の足下にウィンキーを置いたとき、クラウチ氏は身動きもせず、無言のままだった。
魔法省の役人がいっせいにクラウチ氏を見つめた。数秒間、蒼白な顔に目だけをメラメラと燃やし、クラウチ氏はウィンキーを見下ろしたまま立ちすくんでいた。
やがてやっと我にかえったかのように、クラウチ氏が言った。
「こんな__はずは__ない」途切れとぎれだ。「絶対に__」
クラウチ氏はさっとディゴリー氏の後ろに回り、荒々しい歩調でウィンキーが見つかったあたりへと歩き出した。
「無駄ですよ。クラウチさん」ディゴリー氏が背後から声をかけた。
「そこにはほかにだれもいない」
しかしクラウチ氏は、その言葉を鵜呑みにはできないようだった。
あちこち動き回り、木の葉をガサガサ言わせながら、茂みを掻き分けて探す音が聞こえてきた。
「なんとも恥さらしな」
ぐったり失神したウィンキーの姿を見下ろしながら、ディゴリー氏が表情を強ばらせた。
「バーティ・クラウチ氏の屋敷しもべとは……なんともはや」
「エイモス、やめてくれ」
ウィーズリーおじさんがそっと言った。
「まさかほんとうにしもべ妖精がやったと思ってるんじゃないだろう?『闇の印』は魔法使いの合図だ。創り出すには杖が要る」
「そうとも」ディゴリー氏が応じた。「そしてこの屋敷しもべは杖を持っていたんだ」
「なんだって?」
「ほら、これだ」
ディゴリー氏は杖を持ち上げ、ウィーズリーおじさんに見せた。
「これを手に持っていた。まずは『杖の使用規則』第三条の違反だ。ヒトにあらざる生物は、杖を携帯し、またはこれを使用することを禁ず」
ちょうどそのとき、またポンと音がして、ルード・バグマンがウィーズリーおじさんのすぐ脇に『姿現わし』した。息を切らし、ここがどこかもわからない様子でクルクル回りながら、目をギョロつかせてエメラルド色の髑髏を見上げた。
「『闇の印!』」
バグマンが喘いだ。仲間の役人たちに何か聞こうと顔を向けた拍子に、危うくウィンキーを踏みつけそうになった。
「いったいだれの仕業だ?捕まえたのか?バーティ!いったい内をしてるんだ?」
クラウチ氏が手ぶらで戻ってきた。
幽霊のように蒼白な顔のまま、両手も歯ブラシのような口髭もピクピク痙攣している。
「バーティ、いったいどこにいたんだ?」バグマンが聞いた。
「どうして試合に来なかった?君の屋敷しもべが席を取っていたのに__おっとどっこい!」
バグマンは足下に横たわるウィンキーにやっと気づいた。
「この屋敷しもべはいったいどうしたんだ?」
「ルード、私は忙しかったのでね」
クラウチ氏は、相変わらずギクシャクとした話し方で、ほとんど唇を動かしていない。
「それと、私のしもべ妖精は『失神術』にかかっている」
「『失神術』?ご同輩たちがやったのかね?しかし、どうしてまた__?」
バグマンの丸いテカテカした顔に、突如「そうか!」という表情が浮かんだ。
バグマンは髑髏を見上げ、ウィンキーを見下ろし、それからクラウチ氏を見た。
「まさか!ウィンキーが?『闇の印』を創った?やり方も知らないだろうに!そもそも杖が要るだろうが!」
「ああ、まさに、持っていたんだ」ディゴリー氏が言った。
「杖を持った姿で、わたしが見つけたんだよ、ルード。さて、クラウチさん、あなたにご異議がなければ、屋敷しもべ自身の言い訳を聞いてみたいんだが」
クラウチ氏はディゴリー氏の言葉が聞こえたという反応をまったく示さなかった。
しかし、ディゴリー氏は、その沈黙がクラウチ氏の了解だと取ったらしい。
杖を上げ、ウィンキーに向けて、ディゴリー氏が唱えた。
「エネルベート!活きよ!」
ウィンキーが微かに動いた。大きな茶色の目が開き、寝ぼけたように二、三度瞬きした。
魔法使いたちが黙って見つめる中、ウィンキーはヨロヨロと身を起こした。
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