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第7章 穢れた血と幽かな声 10

ドアはすぐにパッと開かれ、ロックハートがニッコリとハリーを見下ろした。
「おや、いたずら坊主のお出ましだ!入りなさい。ハリー、さあ中へ」
壁には額入りのロックハートの写真が数えきれないほど飾ってあり、たくさんの蝋燭に照らされて明るく輝いていた。サイン入りのものもいつくつかあった。机の上には、写真がもう一山、積み上げられていた。
「封筒に宛名を書かせてあげましょう!」
まるで、こんなすばらしいもてなしはないだろう、と言わんばかりだ。
「この最初のは、グラディス・ガージョン。幸いなるかな__私の大ファンでね」
時間はのろのろと過ぎた。ハリーは時々「うーん」とか「えー」とか「はー」とか言いながら、ロックハートの声を聞き流していた。時々耳に入ってきた台詞は、「ハリー、評判なんて気まぐれなものだよ」とか「有名人らしい行為をするから有名人なのだよ。覚えておきなさい」などだった。

蝋燭が燃えて、炎がだんだん低くなり、ハリーを見つめているロックハートの写真の顔の上で光が踊った。もう千枚目の封筒じゃないだろうかと思いながら、ハリーは痛む手を動かし、ベロニカ・スメスリーの住所を書いていた__もうそろそろ帰ってもいい時間のはずだ__どうぞ、そろそろ時間になりますよう…ハリーは惨めな気持ちでそんなことを考えていた。

そのとき、何かが聞こえた__消えかかった蝋燭が吐き出す音ではなく、ロックハートがファン自慢をペチャクチャしゃべる声でもない。

それは声だった__骨の髄まで凍らせるような声。息が止まるような、氷のように冷たい毒の声。
来るんだ…。俺様のところへ…引き裂いてやる…八つ裂きにしてやる…殺してやる
ハリーは飛び上がった。ベロニカ・スメスリーの住所の丁目のところにライラック色のにじみができた。
なんだって?」ハリーが大声で言った。
「驚いたろう!六か月連続ベストセラー入り!新記録です!」ロックハートが答えた。
「そうじゃなくて、あの声!」ハリーは我を忘れて叫んだ。
「えっ?」ロックハートは不審そうに聞いた。「どの声?」
「あれです__今のあの声です__聞こえなかったんですか?」
ロックハートは唖然としてハリーを見た。
「ハリー、いったいなんのことかね?少しトロトロしてきたんじゃないのかい?おやまあ、こんな時間だ!四時間近くここにいたのか!信じられませんね__矢のように時間がたちましたね?」
ハリーは答えなかった。じっと耳をすませてもう一度あの声を聞こうとしていた。しかし、もうなんの音もしなかった。ロックハートが「処罰を受けるとき、いつもこんなにいい目に遭うと期待してはいけないよ」とハリーに言っているだけだった。ハリーはぼーっとしたまま部屋を出た。

もう夜もふけていたので、グリフィンドールの談話室はがらんとしていた。ハリーはまっすぐ自分の部屋に戻った。ロンはまだ戻っていなかった。ハリーはパジャマに着替え、ベッドに入ってロンを待った。三十分もたったろうか、右腕をさすりさすり、暗い部屋に銀磨き粉の強烈な臭いを漂わせながら、ロンが戻ってきた。
「体中の筋肉が硬直しちゃったよ」
ベッドにドサリと身を横たえながらロンが唸った。
「あのクィディッチ杯を十四回も磨かせられたんだぜ。やつがもういいって言うまで。そしたら今度はナメクジの発作さ『学校に対する特別功労賞』の上にべっとりだよ。あのねとねとを拭き取るのに時間のかかったこと…ロックハートはどうだった?」
ネビル、ディーン、シェーマスを起こさないように低い声で、ハリーは自分が聞いた声のことを、その通りにロンに話した。

「それで、ロックハートはその声が聞こえないって言ったのかい?」
月明かりの中でロンの顔が曇ったのがハリーにはわかった。
「ロックハートが嘘をついていたと思う?でもわからないなあ__姿の見えない誰かだったとしても、ドアを開けないと声が聞こえないはずだし」とロンが言った。
「そうだよね」
四本柱のベッドに仰向けになり、ベッドの天蓋を見つめながら、ハリーがつぶやいた。
「僕にもわからない」


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