第19章 ハンガリー・ホーンテール 5
マダム・マクシームは後ろ手に扉を閉め、ハグリッドがマダムに腕を差し出し、二人はマダムの巨大な天馬が囲われているパドックを回り込んで歩いていった。
ハリーは何がなんだかわからないまま、二人に追いつこうと走ってついていった。
ハグリッドはハリーにマダム・マクシームを見せたかったのだろうか?
マダムならハリーはいつだって好きなときに見ることができるのに……マダムを見落とすのはなかなか難しいもの……。
しかし、どうやら、マダム・マクシームもハリーと同じもてなしにあずかるらしい。
しばらくしてマダムが艶っぽい声で言った。
「アグリッド、いったいわたしを、どーこに連れていくのでーすか?」
「きっと気に入る」
ハグリッドの声は愛想なしだ。
「見る価値ありだ、ほんとだ。たーだ__俺が見せたってことはだれにも言わねえでくれ、いいかね?あなたは知ってはいけねえことになってる」
「もちろーんです」
マダム・マクシームは長い黒い睫毛をパチパチさせた。
そして二人は歩き続けた。
そのあとを小走りについていきながら、ハリーはだんだん落ち着かなくなってきた。
腕時計を頻繁に覗き込んだ。
ハグリッドの気まぐれな企てのせいで、ハリーは、シリウスに会い損ねるかもしれない。
もう少しで目的地に着くのでなければ、まっすぐに城に引き返そう。
ハグリッドは、マダム・マクシームと二人で月明りのお散歩と洒落込めばいい……。
しかし、そのとき__「禁じられた森」の周囲をずいぶん歩いたので、城も湖も見えなくなっていたが__ハリーは何か物音を聞いた。
前方で男たちが怒鳴っている……続いて耳を劈く大咆哮……。
ハグリッドは木立を回り込むようにマダム・マクシームを導き、立ち止まった。
ハリーも急いでついていった__一瞬、ハリーは焚き火を見たのだと思った。
男たちがその周りを跳び回っているのを見たのだと__次の瞬間、ハリーはあんぐり口を開けた。
ドラゴンだ。
見るからに獰猛な四頭の巨大な成獣が、分厚い板で柵を巡らした囲い地の中に、後脚で立ち上がり、吼え猛り、鼻息を荒げている__地上15、6メートルもの高さに伸ばした首の先で、カッと開いた口は牙をむき、暗い夜空に向かって火柱を吹き上げていた。
長居鋭い角を持つ、シルバーブルーの一頭は、地上の魔法使いたちに向かって唸り、牙を鳴らして噛みつこうとしている。
すべすべした鱗を持つ緑の一頭は、全身をくねらせ、力のかぎり脚を踏み鳴らしている。
赤い一頭は、顔の周りに、奇妙な金色の細い棘の縁取りがあり、キノコ型の火炎を吐いている。
ハリーたちに一番近いところにいた巨大な黒い一頭は、ほかの三頭に比べるとトカゲに似ている。
一頭に突き7、8人、全部で少なくとも30人の魔法使いが、ドラゴンの首や足に回した太い革バンドに鎖をつけ、その鎖を引いてドラゴンを抑えようとしていた。
怖いもの見たさに、ハリーはズーッと上を見上げた。
黒ドラゴンの目が見えた。
猫のように縦に瞳孔の開いたその目が、怒りからか、恐れからか__ハリーにはどちらともわからなかったが__飛び出している……そして恐ろしい音を立てて暴れ、悲しげに吼え、ギャーッギャーッと甲高い怒りの声をあげていた……。
「離れて、ハグリッド!」
柵のそばにいた魔法使いが、握った鎖を引き締めながら叫んだ。
「ドラゴンの吐く炎は、6、7メートルにもなるんだから!このホーンテールなんか、その倍も吹いたのを、僕は見たんだ!」
「きれいだよなあ?」
ハグリッドがいとおしそうに言った。
「これじゃだめだ!」
別の魔法使いが叫んだ。
「1、2の3で『失神呪文』だ!」
ハリーは、ドラゴン使いが全員杖を取り出すのを見た。
「ステュービファイ!麻痺せよ!」
全員がいっせいに唱えた。
「失神の呪文」が火を吐くロケットのように、闇に飛び、ドラゴンの鱗に覆われた皮に当たって火花が滝のように散った。
ハリーの目の前で、一番近くのドラゴンが、後脚で立ったまま危なっかしげによろけた。
顎はワッと開けたまま、吼え声が急に消え、鼻の穴からは突然炎が消えた__まだ燻ってはいたが__それから、ゆっくりとドラゴンは倒れた__筋骨隆々の、鱗に覆われた黒ドラゴンの数トンもある胴体がドサッと地面を打った。
その衝撃で、ハリーの後ろの木立が、激しく揺れ動いた。
ドラゴン使いたちは、杖を下ろし、それぞれ担当のドラゴンに近寄った。
一頭一頭が小山ほどの大きさだ。
ドラゴン使いは急いで鎖をきつく締め、しっかりと鉄の杭に縛りつけ、その杭を、杖で地中に深々と打ち込んだ。
「近くで見たいかね?」
ハグリッドは興奮して、マダム・マクシームに尋ねた。
二人は柵のすぐそばまで移動し、ハリーもついていった。
ハグリッドに、それ以上近寄るなと警告した魔法使いがやってきた。
そしてハリーは、はじめて、それがだれなのか気づいた__チャーリー・ウィーズリーだった。
「大丈夫かい?ハグリッド」
チャーリーがハアハアと息を弾ませている。
「ドラゴンはもう安全だと思う__こっちに来る途中『眠り薬』でおとなしくさせたんだ。暗くて静かなところで目覚めたほうがいいだろうと思って__ところが、見てのとおり、連中は機嫌が悪いのなんのって___」
「チャーリー、どの種類を連れてきた?」
ハグリッドは、一番近いドラゴン__黒ドラゴン__をほとんど崇めるような目つきでじっと見ていた。
黒ドラゴンはまだ薄眼を開けていた。
皺の刻まれた黒い瞼の下でギラリと光る黄色い筋を、ハリーは見た。
「こいつはハンガリー・ホーンテールだ」チャーリーが言った。
「むこうのはウェールズ・グリーン普通種、少し小型だ__スウェーデン・ショート・スナウト種、あの青みがかったグレーのやつ__それと、中国人玉種、あの赤いやつ」
チャーリーはあたりを見回した。
マダム・マクシームが、「失神」させられたドラゴンをじっと見ながら、囲い地の周りをゆっくり歩いていた。
「あの人を連れてくるなんて、知らなかったぜ。ハグリッド」
チャーリーが顔をしかめた。
「代表選手は課題をしらないことになってる___あの人はきっと自分の生徒にしゃべるだろう?」
「あの人が見たいだろうって思っただけだ」
ハグリッドはうっとりとドラゴンを見つめたままで、肩をすくめた。
「ハグリッド、まったくロマンチックなデートだよ」
チャーリーがやれやれと頭を振った。
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