第9章 恐怖の敗北 8
ショックでビリッとしながら、ハリーは箒の柄の上に真っ平に身を伏せて、すにってめがけて突進した。
雨が激しく顔を打つ。「がんばれ!」ハリーは歯を食いしばってニンバスに呼びかけた。
「もっとはやく!」
突然、奇妙なことが起こった。競技場にサーッと気味の悪い沈黙が流れた。風は相変わらず激しかったが、唸りを忘れてしまっていた。
誰かが音のスイッチを切ったかのような、ハリーの耳が急に聞こえなくなったかのような__いったい何が起こったのだろう?
すると、あの恐ろしい感覚が、冷たい波がハリーを襲い、心の中に押し寄せた。ハリーはグラウンドに何かがうごめいているのに気づいた…。
考える余裕もなく、ハリーはスニッチから目を離し、下を見下ろした。
少なくとも百人の吸魂鬼がグラウンドに立ち、隠れて見えない顔をハリーに向けていた。氷のような水がハリーの胸にヒタヒタと押し寄せ、体の中を切り刻むようだった。
そして、あの声が、また聞こえた…誰かの叫ぶ声が、ハリーの頭の中で叫ぶ声が…女の人だ…。
「ハリーだけは、ハリーだけは、どうぞハリーだけは!」
「どけ、バカな女め!・・・さあ、どくんだ・・・」
「ハリーだけは、どうかお願い。私を、私をかわりに殺して__」
白い靄がぐるぐるとハリーの頭の中を渦巻き、痺れさせた…いったい僕は何をしているんだ?どうして飛んでいるんだ?あの女を助けないと…あの女は死んでしまう…殺されてしまう……。
ハリーは落ちていった。冷たい靄の中を落ちていった。
「ハリーだけは!お願い…助けて…許して……」
甲高い笑い声が響く。女の人の悲鳴が聞こえる。
そしてハリーはもう何もわからなくなった。
「地面がやわらかくてラッキーだった」
「絶対死んだと思ったわ」
「それなのにメガネさえ割れなかった」
ハリーの耳に囁き声が聞こえてきた。でも何を言っているのかまったくわからない。
いったい自分はどこにいるのか、どうやってそこに来たのか、その前はいった何をしていたのか、いっさいわからない。ただ、全身を打ちのめされたように、体が隅から隅まで痛かった。
「こんなに怖いもの、これまで見たことないよ」
怖い…一番怖いもの…フードをかぶった黒い姿…冷たい…叫び声……。
ハリーは目をパチッと開けた。
医務室に横たわっていた。グリフィンドールのクィディッチ選手が頭のてっぺんから足の先まで泥まみれでベッドの周りに集まっていた。
ロンもハーマイオニーも、いましがたプールから出てきたばかりのような姿でそこにいた。
「ハリー!」泥まみれの真っ青な顔でフレッドが声をかけた。「気分はどうだ?」
ハリーの記憶が早回しの画面のように戻ってきた。
稲妻…死神犬…スニッチ…そして、吸魂鬼……。
「どうなったの?」ハリーがあまりに勢いよく起き上がったので、みんなが息を呑んだ。
「君、落ちたんだよ」フレッドが答えた。「ざっと…そう…二十メートルかな?」
「みんな、あなたが死んだと思ったわ」アリシアは震えていた。
ハーマイオニーが小さく「ヒクッ」と声をあげた。目が真っ赤に充血していた。
「でも、試合は…試合はどうなったの?やり直しなの?」ハリーが聞いた。
誰もなんにも言わない。恐ろしい真実が石のようにハリーの胸の中に沈み込んだ。
「僕たち、まさか…負けた?」