ハエ
昨日の昼のことだ。
家でオムライスを食べていると、どこからかハエが飛んできて、ケチャップで描いたハートの中心にとまった。
生かしてはおけない。
オムライスを殺戮の現場にはしたくないので、一旦ハエを追い払う。
「さあ、命のやり取りを始めようか」
しかし、ハエはもうどこにもいない。
しばらく部屋の中を探してみたが、全く見つからない。
こうなってしまっては仕方が無いので、オムライスの前に改めて座り、ハエがとまっていた部分を削り取った。
(ピーンポーン)
突然玄関のチャイムが鳴った。
インターホンには若い女性が映っている。
とりあえず応答してみる。
「はい」
「すみません、わたくし近くに住む蠅子と申しますが、肉じゃがを作りすぎちゃって…」
怪しい。
昼に肉じゃがをおすそ分けする女性はこの世に1人もいないはずだ。
しかし、せっかくのご厚意を無駄にするわけにもいかない。
「少々お待ちください」
そう言って私は玄関に足を向けた。
少し緊張するので一度深呼吸をする。
それからおそるおそるドアを開けると、そこには誰もいなかった。
いたずらだったのだろうか。そう思った時だった。
「後ろよ」
慌てて振り返ると、すぐ後ろに蠅子さんが立っていた。
これは一本取られた。
肉じゃがとオムライスを食べながら、2人で1時間ほど話した。
彼女はフランス文学に造詣が深かったので、フランス人である私とは非常に話が合った。
もっと話していたかったのだが、蠅子さんは用事があると言って突然帰ってしまった。
夕食時、また1匹のハエが飛んできて、シーザーサラダの上にとまった。
不思議ともう不快感を感じることはなかった。