立て直しの星
昨年お亡くなりになったプロ野球の野村克也監督は、「野村再生工場」と呼ばれる手法で、選手を次々と蘇らせた。
他球団で戦力外になった選手や、力を発揮できなかった選手の個性を見抜き、その長所を伸ばすことで見事再生して選手が輝きを取り戻す。
そう言った形で、選手を何人も育ててきたのだ。
私も元々野球少年だったので、突然野村監督に教えられた選手が活躍し出すと、驚いたものである。
私の話をすると、私が東京に出て来た目的は、ある会社を立て直すことだった。この仕事が昨年末、ようやく落ち着き、次に任せられた仕事は、トラブル続きでどうしようもないシステムを立て直すこととなった。
思い返すと、10年ぐらい前にも、誰も面倒を見ない仕組みに一人で立ち向かい、システムと言う形に仕上げたこともある。
自分のこれまでの仕事を考えながら、「野村再生工場」と重ねつつ、おこがましいながらも考えたことがある。
それは、「困った状態のものを形にする」と言うのが、自分に与えられてきた仕事なのではないか?と言うことだ。
明らかに人よりも厳しい仕事が回ってくるのは、何故だろう?
他の人は定時上がりばかりなのに、何故自分だけ残業をするのだろうか?
どうして、仕事で理不尽なことばかり起きるのだろう?
このように、被害妄想的にぼやいてしまうことだってよくある。
だから20年近く前にブログに書いていたコラムのタイトルは「ぼやっきーたろす」と言う名前だった。
でも、これは何かの星回りだ。きっと与えられた役割なのだろう。
そう割り切って、私は困難な状況と向かい合おうとしている。
実は、私の占いだってそうなのだ。
明らかに道を外している人に、正しい道を案内したりすることもあれば、
迷いを断ち切るために後押しする事もある。
心が散らかった状態を少しずつ整理整頓したりすることもあれば、相談者の傷ついた羽を労わることもある。
話をしながら、これは占いでもどうにもならないと感じることもある。
でも私は「個人の想い」を遮り、カードと向かい合う。
そんなことを続けていると、ぼやきたくなることもある。
そりゃもう、私だって人間だもの。
占いのお師匠は私に言う。
「あんたは立て直しの星を持ってる。他の人はあんたを見て、あんたやったら何とかしてくれるやろう、と考えるんや」
最初に言われた時は、あまりピンと来なかったが、仕事や占いを沢山重ねるうちに、この言葉の意味がわかってきたのだ。
「正直仕事しんどいやろ?」、「占いやめたいやろ?」と言われたこともある。見抜かれてるのだ。
でも、師匠は言う。
「でもあんたは、占いをやるべきや。と言うか、やらなあかんねん」
私もそう思う。私を待っている人が居るから。
仕事も占いも、中には厳しい依頼もある。どうにもならない事だってある。
ただどんな状況であれ、まずは誠心誠意接するようにしよう。
自分の出来る範囲で何とかしよう。
そう考えて、今日も目の前にある大きな壁に挑むのだ。
うまく行っても、行かなくても。
全力を尽くしたことが、今後の糧になると信じて。
そして向かい合った人が、再び輝くことを信じて。