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老いる前の誓い

あまりnoteやXでも全面的に自分の情報を出さない私であるが、猫の日が誕生日の私。
この文章を読めば、私が今日、いくつになったかがわかります。

「見た目より若く見えますね」と言われる私だが、最近は悪い意味で老いと言うのを感じるようになってきた。

数年前、真冬の鳥取砂丘で徒競走をして、砂の丘を頂上まで全速力で駆け上げられなかった時点でその予兆は出始め、コロナで更に運動不足となり、冬の寒さの中、家にこもりながら仕事をするようになってから、遂に白髪も見え始め、完全に体力が低下してきたと感じるのだ。

そう考えると、小野小町の短歌での嘆きもわからなくもない。

花の色は うつりにけりな いたづらに
わが身世みよにふる ながめせしまに

(小野小町:小倉百人一首、9番)

この句は、色褪せた桜の花を眺めながら自分の老いを嘆く話である。でも私は小野小町のように老いを嘆いている訳には行かないのだ。

そうは言うものの、自分の人生の折り返しは過ぎているのだから、自分が元気なうちに好きなことをしたいと言う思いが強くなってきた。

具体的にはもう一度ヨーロッパに行って旅したいし、まだまだ一族を育てる義務も果たしたいし、見守りたい。
そして誰もがやっていない、「占い師FP」としての完成形を創りたいと言う思いもある。
他にもたくさんやりたいことはあるが、やはり健康でないと出来ない。

健康寿命を考えると、いつ何が起こるかはわからないので、今のうちに好きなこと、やりたいことが出来るような活動をしなきゃな。
私はそのように考えるのだ。

そんな中、少しずつではあるが大きな蕾になりそうな話も出てきているので、花を咲かせられるように、何とか進みたい私である。

「五十にして天命を知る」と孔子が述べている。
この言葉の意味は五十歳になると、自分の人生が何のためにあるかを意識するようになると言う意味だ。

私もこの言葉は本当にそうだなと感じている私である。
そして、いよいよ本格的に動き出す形である。

実は私の手相でも、昔からこの歳で何かあると出てたのだ。
「この歳になると、何かやるぞ」と。
そしたら、本当に来たな。そんな感じなのです。

プロレスラーだった、橋本真也ならこう言うでしょう。
「時は来た!それだけだ!」

私がこう言ったら、蝶野正洋役である大王様(プロレスラーに例えるとある意味合ってるな・・・)は、きっと後ろで失笑しているでしょう。

それはさて置き、この歳になったと言う事は、出来なかったことを出来るようにするまでの時間が無くなってきている。
もう少し危機感を感じなきゃな。ぬくぬく過ごしたらダメだな。
そんな事を考える今日の私である。

まだまだたくさん、活躍をしたい私です。
皆様、どうか今後ともよろしくお願いをいたします。

2025年2月22日 tarosu

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tarosu/タロット占い/占い師FP
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