感情ってやつを考えた #呑みながら書きました
とある企画で「#呑みながら書きました」とあった。
これって、私の事ではないか。
実はnoteを書いている時に呑んでいる事は多い。もちろん飲まない日もあるが、ビールやハイボール片手に書くこともよくある。
前段はさておき、少し書いてみるか。
今回はほぼ書き殴りになるので、体裁はあまり整えず仕上げることにしてみます。
実は占い師さんと言っても、感情の起伏は人間だもの。誰しもあるものだ。
常にマウントを取ろうする以前の上司だったり、正論ばかり唱えて周りをうんざりさせる首にした派遣社員だったり、こいつらにも感情はある訳で、人には感情は存在するものだ。
笑ったり、泣いたり、怒ったり、騒いだり、喜んだり、悲しんだり。
このように動く感情もあれば、一方で凪のように動かなかったりする感情もある。
お酒を呑めば私の場合、豊かな感情がさらに高まりわかりやすくなる。
笑いのリアクションが大きくなったり、はたまた「好き」と言う感情が強くなったり。
お酒で喜びも味わって来たけれど、失敗もたくさんしてきたんだなって考えたりもする。
占いだって、相談にしてくれたら人達みんなが笑ってくれたらいいなって思うけど、そうならない結果の場合も多い。
恋が実ってくれたらいいなと思うけど、これはどう考えたってダメだと思う時もよくある。
バッサリとダメと言ってしまったら、きっとこの人は二度と僕のところに来ないんだろうなと思いながらも、言うのがお仕事だから伝える時だってある。
占い師さんだって読みながらお話しながら、葛藤だってあるのだ。
正直な話、占い師さんは感情を出来るだけ出さないのようにするのがスマートだと私は考える人だ。
でも、私にはそれは出来ないことである。
機械のように振る舞うのが正しいのか、人っぽく在りたいのかと言われたら、どう考えても私は後者を選ぶ人だから。
師匠は「個性やからな」としか言わないけど、本質的にはしっかり心を据えて、構えるべきなのだろう。
占い師さんとしての感情の起伏は、今は出さなくて良い場面だ。
だから感情をたくさん出して愉しく酒を呑むことにする。
今日は秋分の日。
秋を感じるにはまだ程遠い、暑さを感じながら書いてみました。