LEO

ここでは考えたことを、思考を外在化させるため、ひとりごとのように、つらつら書こうかなと…

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ここでは考えたことを、思考を外在化させるため、ひとりごとのように、つらつら書こうかなと思っています。 サブカルっぽいのも書いています。 文章はそんなに上手くないので、読んでくれる人には本当に感謝しています。 文系の大学院生を卒業しました。

最近の記事

文しか読めないで、文脈が読めない人多いよね

社会人になって、よくメールを打つようになった。メールだけでなく、社内SNSとかでもよく思うのだけど、文の字面だけしか読めない人が多いよね。 こちらから連絡を入れた時に、文脈を捉えきれておらず、こちらの想定していたものと全く別の返答が来るときが多い。それに対して、本意はこうでしたよと伝えるという再度の手間がある。それが電話だったりするのだが、ちゃんと読めばそんな返答しなくないかと思ってしまう… そもそもメールや社内SNSに限らず、ある小説や政治のマニュフェスト、果ては思想書

    • 「自分」とは誰なのか?

      疲れていると、何か壁に直面すると、何かに追い込まれると、誰かを見て劣等感を感じると、ふと自分にベクトルが向くときがある。そのとき、ある問いが浮かんでくる。 「自分」って誰なのだろうか? 哲学の有名なテーゼとして、「我思うゆえに、我あり」というものがある。やや粗雑にまとめると、自分は何かを考えることができるということは、自分が存在しないとできない、と逆説的に自分の存在を証明するためのデカルトのテーゼである。 ただ、一方でこうも思う。 自分の存在が分かったからといって、それ

      • 「分からない」が鼻につく

        4月から僕の席の隣に、新しい方が入ってきて、一緒に仕事をしている。その方は僕よりもうんと年上で、お姉さんというよりは、おばさんに近いくらいの年齢の方なのである。その方に仕事を頼むことがある。 「LEOさん、分からないです」 と口癖のように「分からない」をよく言っている気がする。 この「分からない」が鼻につくのである。 彼女は「分からない」のではない、「分かろうとしない」のだ。 現代は、人々に分からせようとしている社会だと思う。「分かりやすさ」の価値が上がっており、ビ

        • 「自己分析」するほど、「私」を私自身から遠ざける

          「自己分析」は良いことだという信念が蔓延っているようにも思える。 特によく言われるのが、就活市場であろう。理想の自分や自分の経験を棚卸しすることから、自身がやりたいと思う仕事を見つけると。 困った。少し腑に落ちない。 僕は「自己分析」をすればするほど、ありのままの自分から離れていってしまうような感覚を持っている。 少し言い方を変える。自分で自分を語るほど、自分から離れた自分が出来上がると思う。 一つの要因として、「言葉」の問題がある。 言葉は借り物である。 amazar

        文しか読めないで、文脈が読めない人多いよね

          修士論文を読み直す①――マックス・シェーラーとの出会い

          このノートは僕にしか書けない。 現在の日本の片隅で、戦中のドイツの思想家であるマックス・シェーラーに約1世紀の時を超えて出会ったわけである。そのときはまだ学部生であった大学生がその後、修士課程まで研究を続け、修士論文というひとまずのゴールを書き上げた。こうして書き上げた論文は、僕が書き上げたもので、僕だけのものである。 書き上げてから約1年ほど経ち、変わりゆく日常に飲み込まれ、忘却の彼方に行ってしまう前に、一度振り返ってみたくなった。これから歩んでいく人生で、自身の足元か

          修士論文を読み直す①――マックス・シェーラーとの出会い

          文系大学院卒社会人の雑読日記

          修士論文を書き終え、それ以降ぱったりと本が読めなくなった。 いったんの目標に到達したからか、文字を読みすぎたことに対する反動か。 よく分からないけど、読めなくなったしまった。 しかし、少し経ったからか、段々と本が読めるようになってきた。面白い本はやはり面白いだけの理由があり、僕を読書へと誘った。そんなリハビリの記録をここに少しづつ記していこうと思う。 小川洋子『からだの美』小川洋子が書く物語には独特の世界が広がっていると、常に感じる。どこか淡い世界の描き方の中に、ドロッとし

          文系大学院卒社会人の雑読日記

          空っぽなやつほど詩を書きたがる

          本当に久しぶりに何か書きたくなった。 (タイトルはamazarashiの「空洞空洞」という曲のワンフレーズから拝借いたしました) noteを書いていなかった間は修士論文を書き、できるだけ良いものを書き連ねることに奮起していた。それが終わり、就職をし、社会人になってしまった。 僕は地方国公立大学の文系大学院の修士課程を修了し、一般企業に就職した。就職先はあまり言いたくないが、準公務員みたいなもので、いわゆるホワイトカラーだ。 ホワイトカラー。 感情労働とはよく言ったものだ

          空っぽなやつほど詩を書きたがる

          『シン・ウルトラマン』から感じた庵野秀明のこだわり

          久々にノートを書きます。 『シン・ウルトラマン』がこんなに面白いとは思っていませんでした。特に、庵野監督がウルトラマンオタクであることが分かり、とてもとても満足しました。 以下様々な観点から、これぞっというところ少しずつ書いていきます。ネタバレになってしまうので、観ていない人は観た後にもう一度読みに来てください。 コンセプトについてまずはコンセプトについて。 おそらく、現代の日本に怪獣が現われたらっているコンセプトの下、ウルトラマンを語り直すとこうなると言うところを表して

          『シン・ウルトラマン』から感じた庵野秀明のこだわり

          「やさしさ」ってなあに?

          久々に何かを書く。 なんかよくわからないことがあったから、とりあえず考えてみる。 それが「やさしさ」です。 僕はやさしい人って言われることがあります。でも、別に特段意識してやさしく接しているわけではないです。 そしてやさしい人って言われている人が人を度々傷つけるし、やさしくなくなることが突然訪れます。  どうしてなんでしょうか。 「やさしさ」は人の特性ではないまずはこの点が大きなことだと思います。「やさしさ」とかいうものは、人の特性ではないのではないかと僕は思います。

          「やさしさ」ってなあに?

          「書けない」し、「読めない」

          最近僕はものを「書けない」し、「読めない」 何かちょっと大きな課題を先生から与えられ、それを書いて、授業で発表したところ、すごくボロボロだった。何かボロボロだったのと、質問の内容にイライラしはじめ、そこから何がなんだか分からなくなった。 別にそんなんどうでもいいんだけど、今何らかの文章の意味が通っているかの判断がまったくわからなくなってしまった。だから、その文章で何が言いたいかをつかめない。 そうなると困るのが、自分が書いた文章も意味が通っているか、文章になっているかが

          「書けない」し、「読めない」

          「えらい」ってあんまり嬉しくない

          僕は大学院生です。 大学生より長い期間学問を勉強しているっていう自負はある。大学生よりもより濃密な授業をしているという自負もある。でも、それだけです。 僕は週に1回必ず先生と一対一の授業がある。その授業のために毎週ある程度の時間をかけて、ドイツ語を読み、先生にとやかく言われ、復習をし、また次の週に臨む。そんなサイクルをしていて、他の授業の予習をし、担当になると発表もする。 そんな中、先生に LEOくんはえらいよ、毎週毎週訳文作ってきて と褒められた。 ただ、何かが

          「えらい」ってあんまり嬉しくない

          暗記科目の弊害

          突然ですが、「人間は考える葦である」というフレーズについてどのくらい知っていますか? おそらく聞いたことがあるくらいの人が多く、少し知っている人でもパスカルが言ったということまでどまりだと思います。 では、「パスカルの本名は?」や「葦とは何か?」、「何という著作で書かれているか?」などより深い知識は持っているでしょうか。そもそもこういった周辺知識よりも、そもそも「人間は考える葦である」の意味は分かっているでしょうか。 ちなみに僕がこのフレーズについて知っていることは、フ

          暗記科目の弊害

          大学院生による卒業論文へのアドバイス的なやつ

          僕は今一応文系大学院生をやらせて頂いているので、後輩から卒業論文でアドバイスを求められることがちょっとあります。何回も違う人から聞かれるのがめんどうなので、少しまとめておこうと思います。 ※僕は文系大学院生、特に専門は哲学・倫理学なので、分野によってリテラシーがそれぞれ異なると思うので、注意してください。 ※ここでは日本語で書く場合を想定しています。また学部生が書く卒業論文なので、修士論文や博士論文には通用しない点もあるかもしれません。 形式はしっかり守るまず、卒業論文を

          大学院生による卒業論文へのアドバイス的なやつ

          「機動戦士ガンダムAGE」思ったより悪くなかったよ

          今年「閃光のハサウェイ」の映画の第一作が公開され、来年に新作TVシリーズや映画が決まり、ガンダム界隈が賑わっている。 そんな中、僕は動画サイトの無料登録期間で、おもむろに「ガンダム」で検索したところ、「機動戦士ガンダムAGE」が出てきたので、少し観てみることにした。 「機動戦士ガンダムAGE」はあまりおもしろくないやリアルタイムで途中で観るのやめたという声を聞いていた。そこで、どのくらいおもしろくないのかを観てみるかと観てみたら、結構面白く、満足したので、少し書いていこう

          「機動戦士ガンダムAGE」思ったより悪くなかったよ

          胸の片隅に引っかかって消えない記憶――小川洋子『人質の朗読会』を読んで

          自分の中にしまわれている過去、未来がどうあろうと決して損なわれない過去だ。それらをそっと取り出し、掌で温め、言葉の舟にのせる。その舟が立てる水音に耳を澄ませる。(12-13頁より) この『人質の朗読会』は、ある国の反政府ゲリラに捕まった8人の人質たちそれぞれによる朗読という形をとっている。その朗読では、それぞれの胸の片隅に引っかかっている記憶が語られている。特別な記憶ではない。日常のちょっとした、けれども忘れられない一幕である。明日がどうなるか分からない中、自身の過去につい

          胸の片隅に引っかかって消えない記憶――小川洋子『人質の朗読会』を読んで

          文系大学院生の雑読日記Ⅱ

          「人文学を研究するとは、自分の言葉をつくること」と、ある講義で先生が言っていました。そこで僕も哲学を勉強している者として、自分の言葉を探求する者として、その第一歩でもある本を読むことをしているつもりです。でも、本の内容や読んだ本のことを忘れていまいます。だから、最近読んだ本をここに残していこうと思った次第です。専門は哲学・倫理学ではあるんですが、雑読の通り、いろんなジャンルを読んでしまっています。 また少しだけ読んだ本が溜まったので、忘れないように書き留めていこうと思います

          文系大学院生の雑読日記Ⅱ