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保育者養成で学ぶ学生に「圧倒的に」経験して欲しいこと:年長者との対話スキル
私事ですが、僕は保育者養成校で大学教員として仕事をしながら10年目を迎えることとなりました。「保育者養成校」とは、保育士や幼稚園教諭の資格・免許の取得を目指す学生さんを対象をした大学または短大のことを指します。僕はこれまで4年制大学にて発達心理学や心理学、教育相談系の科目を担当しながら、比較的大勢のゼミ生の指導にもあたってきました。
そのような中で、ゼミ生に限ったことではないのですが、他の学生と比べて頻繁に接する機会が多いのが僕のゼミ生でして、彼ら・彼女らの様子を見て改めて感じたことを今回は述べたいと思います。
端的に言いますと、今の学生たちに「今よりも圧倒的に」経験して欲しいことは、「年長者との対話スキル」であるということです。
僕のゼミを希望して入ってきてくれる学生さんは、とても幸運なことに、みなさんとても正直で素直な性格の人が多いです。表現としてはあまり良くないかもしれませんが「打てば響く」とでも言いましょうか、情報や刺激を上手く入れると、非常に興味深いアイディアや議論を行ってくれる。逆に言うと、こちらの促し方にかかっている側面も大きいとすごく感じます。「〇〇やってみようか」と言うと、とても頑張って取り組んでくれる姿を見ると、こちらも負けてられないなと襟を正したくなる気持ちにいつもさせてくれます。
そのように、ある意味「物分かりの良い」学生さんたちなのですが、とある状況ではなかなか自分たちを表現することが難しいようで…。
それは、上級生や目上の人がいる場面ではとても静か、ということです。例えば卒論発表会などといった場面で下級生が聴衆となっている状況で「何か質問ないですか?」と問いかけても、「~~はご発表、ありがとうございました。大変勉強になりました。」など、丁寧な感謝の言葉を述べることはできるのですが、ほぼ質問が出てこない(まぁ、自分の理解が追い付いていないから疑問や質問がそもそも出にくいということも多々ありますが)。
場を読む、空気を読む、目上の人を敬う、といった観点ではとても優秀は振る舞いであると言えます。しかし、年上の人間に自分が分からないことを質問したり議論を提起する姿はほとんどみられません。
やはり僕は、学生に「年長者との対話」をもっともっと経験して欲しいと考えています。
なぜなら、実習だけでなく、仕事をするようになったら必ず先輩や上司にモノを尋ねないといけないからです。社会人と呼ばれる人にとっては当たり前すぎて意識に上らない話かもしれませんが、自分が新入社員であるならば、先輩たちと「上手くやる」ことがある程度必要になりますし、時には先輩に甘えることになるかもしれません。そもそも、年長者に甘えることができる(そしてそれを受け入れられること)自体、非常に高度な対人スキルであると言えるでしょう。
もう少し具体的な話に落とし込みます。
僕は「対話スキル」の中で重要なものの1つは「相手に質問をする」ということだと考えています。
相手に質問をする、つまり自分が分からないことを尋ねるということですが、これができない人は、色んな場面でかなり苦労しますよね。単純に「分からない→分かる」の間に時間が結構かかってしまいますし。それだけではなく、相手に質問することができない人は、今後の人生においてかなりの時間をあまり意味のない時間に費やしてしまうことに繋がります。相手は「あなたは物事を適切に理解している」つもりで動き、あなたは「理解したふりをして実はよく分かっていない」動きしかとれない。これは時間が経てば経つほど双方にとって良くない状況になっていくことは誰の目にも明らかだと思います。
いやぁ、頭では分かっている(つもり)だけど、実際問題、行動に移せていないです…。心当たりのある人いませんか?
質問ができない人のマインドとして特徴的なのは「質問をする=自分が分かっていないことを訊く=自分の理解力のなさが露呈するのでは?」「自分のくだらない質問で相手の時間を奪ってしまっているのでは?」というものです。これらのマインドは、相手への配慮であったり「自分、人見知りなんで…」という言葉を隠れ蓑にして、自分の成長を妨げる良くないマインドですので、学生のうちにできる限り抜け出してもらいたいと切に願います。
改めて、「相手に質問をする」ことがコミュニケーション上でどのような効果を持つのかについて大まかに整理したいと思います。
まず、1つ目の効果は、「自分の理解の程度(自分はここまでは分かっているつもりなのですが)を相手に伝える」ということです。質問をしないと、あなたが「実は分かっていない」こと自体に相手は気づけないかもしれません。さらに興味深い点としては「ある程度分かっているから質問ができる」という一見逆説的に見えるコミュニケーションが成立することです。聞き手の理解力があるからこそ鋭い質問や本質的な質問ができるという場面を私たちはテレビや対談記事などで目にすることがあるかと思います。この点についてはまたいつか論考したいと思っています。
2つ目の効果は、「相手に興味があることを示す」ということです。相手に興味関心がないと、質問は思い浮かびません。好意を寄せている人や関心がある人には質問がどんどん出てくると思いますが、そうでない人には質問が思い浮かばない…ということは誰でも経験があるのではないでしょうか。僕も授業や外部の人への講演など、人前で話す機会は多い方だと思っていますが、頑張って喋った後に何も質問がなかったら「あれ、僕の話って面白くなかったかな…」と不安になることがあります。何かしらの質問をするだけで、「この人は自分もしくは自分の話に関心を持ってくれているんだ!」と相手が喜んでくれるとしたら、非常にコスパの良い関わり方ではないでしょうか。
他にも質問をすることの効果を挙げることは可能かと思いますが、「質問すること」それ自体が対話スキルにおける重要なポイントであることに気づいていただければと思います。
もちろん、質問のための質問や、反駁や論破を目的として相手を困らせるようなスキルや性格については別の問題として置いておきましょう。
仮に、あなたの質問に答えている余裕がないと相手が判断したら、その場面では回答は返ってこないかもしれません。ただし、「忙しいところ申し訳ない」と質問者が恐縮することではありません。相手の時間を奪っているかどうかは、あなたが決めることではありません。相手が決めます。
このことは、自分を守るだけではなく、年長者との仕事やプロジェクトをより高めていくために双方が建設的に取り組んでいくべき事柄なのです。
保育者養成校で学ぶ学生は、先輩-後輩という関係だけでなく、実習先でも実習担当職員-実習生、園の先輩-自分、保護者-自分といった、年上の人と対話をする場面は非常に多く、いや、必ず出てきます。
とすると、大学教育の中で育てたい「主体性」などと分かりづらい用語を掲げていくより、「年長者との対話スキル」「相手に質問をすること」を具体的な行動目標として涵養していくことも大切かもしれないと考えています。
長くなって取りとめがなくなる前にまとめます。
年長者との対話スキル、年長者に質問をするために必要なこと。
相手に興味や関心を持ちましょう。そうすると、何かしら質問の糸口は見えてきます。
相手の話を理解するために、知識や情報をインプットしましょう。自分が知らない話なら、たくさん教えてもらいましょう。あなたに興味がある年長者なら、喜んで自分が知っていることを教えてくれますよ。自分一人で勉強するより遥かに効率よく知識の集積を得られるかもしれません。
当たり前の話かもしれませんが、こういった当たり前のことを「圧倒的に」できる人は、どんな職場でも生きていけると思いますよ。