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【二次創作】カタシロ Rebuild; 断絶 (二)

これは、ディズム氏主催の舞台「カタシロ Rebuild」シリーズの創作二次小説です。
ここでは、ネタバレを多分に含みます。先に本編をご覧になることをおすすめします。Youtubeで無料でご覧になれます。

この二次創作小説、一話を一日分ってことででやってます。全三話。
第一話はこちら。


目覚め(二)

「目が覚めたかね」
 目を開けた私は、またあの男か、と思った。
「どうだね、体の調子は」
 男は前回と同じ、白衣。そして不気味な仮面だった。寝覚めは最悪だった。眼球だけを動かして周りを見回す。以前と同じ部屋だと思ったが、何かがおかしい。
 部屋がざらついている。いや、砂嵐が走る。部屋が赤に、緑に、青に変色する。
 数度、大きく瞬きした。目を強くつぶってみた。目を開いても、視界がおかしいままだった。
「おや、目の調子がよくないようだね。わかった、午後にまた検査しよう。明日には治る、安心してくれ」
「今は何時ですか?」
「二日目の十時だよ。君はずいぶん長く眠ったことになるね」
 そんなに眠れるものか? 落雷の後遺症なのか?
「目を除いて、体調はよさそうだな。これももういいだろう。ちょっと待っていてくれたまえ」
 男は私の体の拘束を解き始めた。
 手を動かしながら、男は世間話のような口調で言った。
「ところで、昨日はアユムの話し相手になってくれたみたいだね。ありがとう」

 聞かれた。いや、アユムが漏らしたのか? 聞かれてまずいことを言っていないか。
「ええ。娘さん、あの歳で事故ですか。大変ですね」
「ああ。あれは二年前、ひどい交通事故だった。妻と私も巻き込まれてね。妻は死んでしまって、アユムはあの通り。そして私は」
 と、男は仮面に手を触れた。
「おや、あなたは私を信頼してくれたのですか?」
 皮肉を言ってやった。
「ん? ああ、昨日はもったいつけてすまなかった。アユムと話してくれた礼だと思ってくれたまえ」
 『礼』という言葉は意外だった。邪悪な男ではないのかもしれない。
 すっかり縛めを解かれた私は、立ち上がって体の筋を伸ばした。やはり、ひどく硬い。
 「この病院には、他のスタッフがいるんですか?」私は昨日浮かんだ疑問を、小出しにしてみようと思った。
「もちろんいるさ」
「では、なぜ顔を出さないんです? 忙しいんですか? こんな工具を放置するほど」
「ん? 昨夜君の世話をしたのはスタッフなのだが。眠っていたから気づかないか。まあ、忙しいのは本当だな。君は、その工具を不思議に思っているのかい?」
「それはもう。本当に手術道具なのですか?」
「意外に使うんだよ」
 どうなのだろう。ドラマでは、脳外科手術で工具を使っていたような気がする。だが人体のどこにドリルを突き刺すのだろうか?

テセウスの船

「さてマコト君、そろそろ今日の話を始めようか」
 男はバインダーを手にとった。またカウンセリングもどきが始まるのか。
「君は『テセウスの船』という話を知っているかね。つまり、覚えているだろうか?」
 知らない話だった。
「説明しよう。ここにテセウスの船という、一隻の船があるとする。古くなったパーツを一つずつ、新しいものと入れ替えていく。すべてのパーツが入れ替わったとき、その船は果たして『テセウスの船』だと言えるのだろうか」

「それは、どちらでもよくないですか?」
 即答してやった。
「ふむ。どちらでもいいとは?」
「新しい船を自慢したければ、別の名前をつければいい。税制上同じ船のほうが有利なら、同じだと言い張ればいい」
「テセウスは税金を取る側なんだがね。昔の王様だ。私が言いたいのは『もし君がテセウスだったらどう思いたいか』だ」
「例えば。仮面ライダーはご存知です?」
「おや。ずいぶん話が飛んだな」
「初代の仮面ライダーは、話の途中で二号が登場する。そのときから、今まで『仮面ライダー』とだけ呼ばれていた主人公は『仮面ライダー一号』と呼ばれるようになる。少なくとも、視聴者からは」
「そうだな。小さい頃に見たことがある。同じ役なのに名前が変わったな」
 思い出した。私もだ。かすれたビデオの映像が脳裏に浮かんだ。
「やがて『仮面ライダー』はシリーズとなり、毎年新しい仮面ライダーが生まれるようになった。関係会社としては安定した売上が見込める有力IPで、ママさん連中からしたらイケメン俳優の登竜門だ」
「最近はそんなことになっているのか」
「さて。初代の『仮面ライダー』は、『仮面ライダー』ですか?」
「難しい質問だな。役柄としては一号、名前が変わった。番組としては『仮面ライダー』シリーズの始祖、構成要素にすぎない。俳優がイケメンかは微妙だから、シリーズの集合という定義からすると若干外れる。しかし番組名は『仮面ライダー』だな、変わらない」
「そう。必要があれば別の固有名詞をつける。時代や状況で意味が変わる。命名なんて恣意的なものですよ」
 男は少しうろたえていた。聞きたい答えとは違ったのだろう。ポイントを上げてやったと思った。
「私が言いたいのはだね、テセウスの船をそれたらしめる核のようなものはあるのだろうか、ということだ」
「それは、テセウスの船を構成するシステム、機構全体ではないですか」
「ほう。機構とは?」
「材料だけではなく例えば、航行能力、積載量。船員、歴史。テセウスの船という名前自体も含まれる」
「名前自体が?」
 私は、好きだった本を思い出した。
「そう。あなたはカッパをご存知ですか?」
「また急だな。仮面ライダーの次は河童か」
「かつて、カッパは地方によって呼び名が違った。いや、別のモノが似ていたので河童に統合されたと言ったほうが正確だ。ガラッパ、カワタロウ、セコ、メドチ。伝承に残る姿も地方によって違う。西のカッパは赤く、猿に近い。東のカッパは緑の亀に近い姿で描かれた」
「ずいぶん詳しいな」
「好きだったもので。で、それぞれ共通するのは、河原の怪異であること。あと、子供程度の大きさってことくらいだ。それがメディアによって『カッパ』という言葉にまとめられていき、セコやメドチという名前は忘れられていった。
 昭和に入ってからもカッパ的なモノの目撃例はあった。興味深いのは、全国の目撃談が『あの緑の、亀と猿の中間で頭に皿を載せた姿』に収斂していったことだ。
 つまり近年になって、多様なカッパ的なモノが『カッパ』という呼び名、概念、姿に統合されていったのだ。
 なぜセコが目撃されなくなったのか。それは名前イコール概念が忘れられたから。つまり名称が主要な構成要素だったからと言える」
「面白いな。トートロジーだが、『テセウスの船』と呼ばれたものが、それゆえにテセウスの船だということか。部品は関係なく」
「それも含めて恣意的だって言っているんですよ」
「ではもし、古いパーツでもう一艘船を作ったら、どちらがテセウスの船か? ああ、仮面ライダーと同じか」
「そうですね。一号、二号と呼ぶときもあるでしょう。名前は必要に応じて変わる」
「少し別の質問をしよう。君は博識だから知っているだろうが、人体の細胞は数年で入れ替わる。つまり数年後の君は、まったく別の細胞で構成されていることになる。それでも君を君たらしめるのは何だろう?」
「『私』なんてものも恣意的なものですよ。確か仏教でも、似たような話がありましたね」
「今度は仏教か。ずいぶん幅広いな」
「あなたを腰で真っ二つに切断したとき、あなた自身は上半身にあると思います? 下半身ですか?」
「怖いな。それは上半身だろう」
「ではその上半身を、首で切った場合。どちらがあなた自身だと思います?」
「首から上だろう。脳があるからな」
「では、脳をバラバラにしたとき、あなたと言えるのは右脳ですか、海馬ですか。それとも小脳? そして、脳細胞を素粒子レベルまで分解したとき、どれがあなたです?」
「それはもう私ではない。意識が保てないからな」
「ではあなたは眠ったら、あなたでなくなるのですか? 意識はありませんよ」
 男は肩をすくめた。「確かに。眠った私も私だな」
「記憶を失っても、私は私だ。あなたもそうでしょう」
「そうだな」
「さらに別パターンを。あなたは五体満足だが、アユムさんが亡くなったとする。つまりあなたは父という属性を失うことになる。あなたはあなたですか?」
 消え入りそうな声で男はうめいた。「それは、考えたくないな」
「それでもあなたはあなただと言うでしょう。部分を無限に分解しても核はない。意識の有無は関係ない。大事な属性を消し去ってもかわらない。ほら、核なんてありませんよ」
「ではマコト君は、マコト君でなくとも構わないということか」
「必要ならそうあれと思いますし、なければどうでもいい。それだけですよ」
 男の想定を粉微塵にしてやった、と私は満足した。

 とはいえ私は、『私』を手放すわけにはいかなかった。このまま無事に帰宅するため。そして妻と子供に、私が帰宅したことを認知してもらうため。
 それを男に言ったほうが得になるのか? 言わないほうが得なのか?
「君はずいぶんとユニークな考え方の持ち主だね。非常に興味深かったよ」
「みんな、西洋哲学に毒されすぎなんですよ」
 言うべきか否か。どちらが状況を好転させうるのか。答えは出ない。
 ならば黙秘だな。うかつに話してしまったら取り返しがつかない。
「今日は随分と饒舌だったね。だいぶ記憶も戻ってきたのではないか?」
 そうだ。特撮、妖怪、宗教の知識が多少あることがわかった。
 それがどうした。仕事は。住所は。
 妻と息子の顔は。

 わからない。

「まだのようですね」
「そうか。たくさん話して疲れただろう。今日はもう終わりにしよう。質問がなければ失礼するが」
「その仮面を取っていただけませんか? そう、我々の信頼関係のために」
 しれっと言ってやった。
「先程も言ったが、事故の傷跡が残っていてね。人に見せて気持ちのいいものじゃない。わかってくれたまえ。では失礼するよ」

探索(二)

 男は照明を消し、ドアから出ていった。暗いほうが、考えをまとめやすい。
 無事私はベッドから開放された。ここから出ていきたいが、ドアは施錠されている。
 次はアユム。あの医師の娘であることを医師自身が認めた。事故についても発言が一致する。体も動かない、目も見えない。しかし耳と口は動く。脳や神経の問題なのか? だとすると、あの男の専門とも合致する。あの少女に関しては、気持ち悪いくらい外堀が埋まっていくな。
 そうだ、彼女は私を売ったのか? 考えづらい。メリットがない。
 工具については情報が足りない。他のスタッフの所在も決定打がない。これらも保留だな。
 そしてテセウスの船。囚人のジレンマもそうだが、なぜあの男はそんな話を持ち出した? 二つの話に関連性はない。つなげてもストーリーが浮かばない。しまった、テセウスの船の意図を聞き出しておけばよかった。あの男をやっつけるのに集中してしまった。失敗したな。
 明日は三日目だ。すんなりと出してもらえればいいが。または交渉に成功すれば。最悪、荒事も覚悟しなければならない。
 いざというときの武器が必要だ。凶器をちらつかせての交渉は逆効果になりうる。懐に忍ばせられる大きさのものがいい。ここは手術室だ、メスでも盗み出せないか。
 薬品棚は施錠されていて、開きそうもない。別の棚を漁った。
 武器になりそうなものは見つからなかったが、代わりにひとつのファイルを見つけた。どこにでもある事務用品。幾枚ものページに、手書きの表が記されていた。

 人名、適合率1、適合率2。

 表には人の名前と、二つの数字がびっしりと記されていた。数字はそれぞれ、ほとんどが40を下回っていた。何の数字だ?
 ここになければ探してやる。荷物が燃えたというのが嘘なら、見つけられるかもしれない。ファイルを戻して、部屋から出ようとドアに手をかけた。動かなかった。鍵穴もない。外から施錠されているようだった。
 やれやれ、この部屋からはまだ出られないようだ。
 ふと壁際のロッカーに目をやった。腰の高さほどの、事務用品を入れるような無骨なロッカーだ。扉は開かない。ダイヤル式の鍵がかかっている。四桁の数字を揃える必要がありそうだ。バールでもあれば扉を破壊できそうだが、工具類にそのようなものはない。そもそも備品を壊して、あの男を怒らせるのはまずいか。ロッカーの上面にマジックで『バースデイ』と書かれてあった。

アユム(二)

「マコトおじさん、聞こえる?」
 アユムの声が聞こえた。屈託のない、明るい声だった。
「やあ、アユムちゃん。体調はどうだい?」
「あ、よかった。あたしは元気だよ! マコトおじさんは?」
「目の調子が悪いかな。あと、君と話していることがお父さんにバレた」
「なんで! あたし、お父さんに言ってないよ!? おじさん、逮捕されちゃうの?」
 少女が本気で心配する声を聞き、彼女はやはり敵ではないと思った。
「心配ないよ。話し相手になってくれてありがとう、と言われた」
「よかった。お父さん怒ってなかったんだ。それとね、そのお部屋に来る人はいつも、二日目にはお話できなくなっちゃうの。だからね、今日もおはなしできて、本当にうれしいの!」
 いつも、二日目に?
「この部屋に来た人って、いままでどれくらいいたの?」
「うーん。おぼえてない。いっぱい」
 いっぱい? 適合率のリストと関係があるのか?
「お話できなくなるって、どういう風になるの?」
「うーんとね、頭がボーッとなっちゃったり、あうあうーってなって、お話が通じなくなるの。でも安心して! 三日目にはみんなきちんとなおって、バイバーイって、退院していくから」
 退院できるのか。私も。あの男を警戒しすぎていたのかもしれないな。
「そうか。でも、それはさびしいね」
「そうなの。だから、おじさんが退院したら、あたしに会いに来てくれる?」
「いいよ。約束しよう。そのときは息子も連れてこよう。きっとお友達になれるよ」
「ほんと? 楽しみだなぁ」
 バースデイ。まさかそんな安直な、と思いつつ、聞いてみた。
「アユムちゃん、お父さんのお誕生日はいつかな?」
「お父さんのおたんじょうび? 忘れちゃった。秋だったと思う」
「君の誕生日は?」
「七月九日だよ! プレゼントくれるの!?」
 0709。ダイヤルロックの数字を合わせた。安直だった。あっさりと鍵が空いた。
「そうだね。どんなプレゼントがいい?」
「うれしい! えーと、うーんとね」
 少女が考えている間に、ロッカーの扉を開けて中身を見た。奇怪な拳銃だけが入っていた。見覚えのある銃把とトリガーに、見たことのないアルミ缶程度の太さの銃身がくっついていた。おもちゃの銃にしては、ずっしりと重い。違和感しかない形状の拳銃だった。撃鉄に相当する部分がない。スライドするような部品もない。マニュアルでもオートマでもない。記憶があったとしても、このような形状の銃はわからなかっただろう。
 ロッカーに狙いをつけて、試しにトリガーを引いてみた。動かなかった。安全装置がかかっているわけでもなさそうだ。
「思いつかないや。目も見えないし、体も動かないから。おじさんが選んでくれたものならなんでもうれしいよ」
「そうか、責任重大だね」
 適当に答えながら、銃をロッカーに戻し、鍵をかけた。動かない以上役に立つまい。
 そこで、強烈な眠気が私を襲った。昨日と同じだ。なんとか体をベッドの上に移した。
「ごめんね、アユムちゃん。眠くなってしまった」
「あ、ありがとう、おじさん。お休みなさい」
 顔もわからない息子と一緒に、顔も知らないアユムを尋ねる風景を想像しながら、私は眠りに落ちた。


 二日目の話を書きたくて書き始めたようなもんなので、とてもノリノリ。
医者役はディズム氏、アユム役は藍月なくるさんバージョンを意識してます。

 続きはこちら。


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