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【創作SS】大将戦 #シロクマ文芸部

 書く時間は過ぎていた。俺は覚悟を決めて県大会決勝戦のオーダー表を記入した。
 もう一度言う、覚悟を決めた。
 汚い、狡い、卑怯、全て受け止める。けど、勝ちたい、生徒を勝たせたい。公立高校の柔道部が県大会の決勝まで進んだという奇跡のような軌跡。
 叶うことなら「優勝」を手にしたい。俺は悪魔に魂を売る気持ちでオーダー表を提出した。

 柔道の団体戦での大将戦というのは特別なものである。
 それまでは胡坐をかきながら、仲間に声援を送っていた両チームの顧問と選手たち全員が正座の姿勢を執る。

 しかし、残念ながら我が長瀬高の選手からは、どこか緩んだ空気が漂う。
「皆、しっかりしろ、大将戦だぞ」
 俺は叱責したが、選手たちに気合が入ったようには見えない。本来の大将である菅野の負傷により、補欠の田中を大将に据えての決勝戦、想定であれば、大将戦までに3-1で勝利しなければならない試合だった。
 田中を先鋒にするのがセオリーだったが、大将戦を捨て試合とすることで、3ー2での勝利を目指したように誰もが考えていたのだろう。
 2-2で大将戦を迎えた時点で、負けは確定していたようなものだった。それに加え「大将戦を捨てた」「卑怯な作戦」という批難を受けることを部員たちは感じていた。

 「せめて、少しだけでも、田中が粘るように」
 祈るような気持ちで、長瀬高の選手たちは田中を見ていた。本宮高校の工藤は、県の最重量級のチャンピオンであり、田中が投げられるのは時間の問題だと誰もが感じていた。

 軽重量級の田中が投げられた瞬間に敗戦が確定する、少しでもその時間を先にしたいばかりではない。弱い選手を大将として出場させるという、姑息な戦法を取りながら試合に負けるという屈辱を、少しでも先に延ばしたいという気持ちを選手たちが抱いていたように見えた。

 そして『チーム勝利のため』と言いながらも、このオーダーを指揮した俺に対する、不信と不満の気持ちを抱えていることも感じていた。

 決勝戦のオーダーを伝えた後に抗議してきた、副将 野崎の声が重く響く
『田中が先鋒で1敗、俺が大将戦で工藤に負けて1敗。それで2敗するよりも、田中と工藤を戦わせて1敗、残り4人で3勝する。作戦としてはわかります、けど、正々堂々と戦いたいです。先生、それが武道じゃないですか』

 
 気を取り直し試合場に目を向ける。
 工藤が大きな体躯を生かし、田中の奥襟を上からガッチリと掴み上半身を押さえつけている。
 その姿は、巨大な戦艦が敵艦の射程外から、ゆっくりと主砲の照準を合わせ臨戦体制を整えているようにも見えた。
 艦船砲撃のような工藤の内またが飛び出すのは時間の問題と、観戦している誰もが感じた時、フワッと樽を斜めに転がすような体さばきで、田中が半身となった工藤の股下に潜り込んだ。

 俺も選手も観客も声を失い、奇跡のような体さばきに目を奪われた。

 小柄な体躯を潜り込ませた田中が、体ごと引き手を効かせ工藤の上半身を引き寄せる。
 刹那、更にグッと体を畳に沈みこませる

「セイヤーッ!」

 気合一閃! 田中の声が会場の空気を切り裂いた。

 田中が蹴り上げた右足は天を衝くように高く上がり、二人の体が大きく跳ね飛んだ。

ドン!

「一本!」
 青畳が大きな音を立てるのと同時に主審の声が響き、副審二人も大きく右手を振り揚げた。

 どよめきがさざ波のように広がった後、静寂が会場を包んだ。

 先に立ち上がりながら残心をしていた田中は、呆然と横倒しになっていた工藤を引き起こすと、開始線に戻り主審の「勝ち」の名乗りを受けて礼をした。

 初めての公式戦にも関わらず、堂々たる大将としての所作であった。

 田中の内また透かしによる一本勝ちで、長瀬高校の県大会優勝が決まった。

 試合後の礼に向かう選手たちの背中に俺は心の中で語りかけた。

「お前ら勘違いしていたようだが、俺は工藤に勝てるのは田中しかいないと考え田中を大将にした。あいつは性格が優しすぎて稽古で本気が出せず、お前らに投げられてばかりだから補欠にしてたが、俺と稽古する時の田中の技のキレは凄いんだぜ。
 田中なら工藤に勝てると賭けたんだ」

 その後、田中を有する長瀬高校柔道部は全国制覇を成し遂げた。

(本文ここまで)

 小牧幸助さんの
#シロクマ文芸部
 に参加です。ちょっと遅れたうえに、過去作のリライトになりますがお赦しください。

 https://note.com/komaki_kousuke/n/n093e036fe154

 田中というのは私の作品における「スター・システム」のようなキャラクターです。無口で推しが弱く
「貧弱、貧弱ゥゥゥゥゥゥ!」
と言われそうなキャラですが、実は実直で愚直で真が強いキャラという設定です。

 かなり大好きなキャラなので、この話では活躍させることができて嬉しいです。小牧幸助さんに田中を活躍させる機会をいただきましたことと、お読みいただきました皆様に感謝です。
#何を書いても最後は宣伝
 この作品には「銀行員 田中」が登場します。


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福島太郎
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