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【創作】カイギュウがいた村(第6話)

※癌治療に関する内容があります。ナイーブな話になりますご留意ください。
(以下、本文です)

 お母さんが入院して本格的に抗がん剤治療を始める前に、お父さんとお母さんが病院の先生から説明を受けると聞いたので、僕も一緒に連れていってもらうことにした。今回は初めての入院で三泊四日だけど、その後も何度か入院しなきゃならないと、お父さんが教えてくれた。
 今まで喜多方市に行く時は、買い物とか外食とか楽しいことをすることばかりだったのに、今日、喜多方病院に向かう車の中は、ほとんど話をすることが無くて重苦しい空気だった。

 喜多方病院は喜多方駅近くにある大きな病院で、この辺りで大きな手術とか入院ができるのはここしかない。今までも何度か来たことがあるけれど、あらためて建物を見ると、くすんだ白い大きな塊から受ける重圧は、これから闘わなきゃならない病気の大きさみたいな感じで不安で押しつぶされそうな気持ちになってしまい、お母さんの手をギュッと握るとお母さんも手を強く握り返してきた。
 僕はダンジョンに向かう冒険者みたいな気分で病院に足を踏み入れた。

 受付に迎えに来てくれた看護師さんに案内されて、二階の狭い相談室に案内された僕たちは、お母さんを真ん中に座り先生が来るのを待った。朝からずっと続いて空気が重い。なんとなく時間の感覚も麻痺していて、長いのか短いのかわからない待ち時間の後ふいに、ノックの音がして先生が入ってきた。僕を見てちょっとびっくりしたみたいだけど、お父さんとお母さんが頷くのを見ると、スンッと表情を変えて僕たちの向かい側の席に座った。大きな病院の先生だからおじいちゃん先生なのかと考えていたけど、四十前後に見える温厚そうな顔だちのスリムな男性で、四角い銀縁メガネをかけて髪の毛ボサボサ白衣はヨレヨレだった。
「斉藤瑞樹さんの主治医を担当する工藤と申します。よろしくお願いします。早速ですが検査結果の確認からさせていただきます」
 工藤先生は淡々と腫瘍マーカーとか白血球とか血液検査の値をいくつか説明した後、これから使う予定の抗がん剤の説明をしてくれた。正直、なんの話をしているのか全然わからなかったけど、言葉の端々で「かなり進行している」とか「強い薬になります」と言われていること、お母さんの顔が険しくなっているのはわかった。先生はお母さんの顔を正面から見て
「強い副作用が予想され、辛いかと思いますが頑張っていただきたいと思います。抗がん剤が効けば、癌が小さくなることが期待でき、その後の治療の選択肢も増えます」
説明を締めくくった。お母さんは
「強い副作用とは、具体的にはどんな症状ですか」
先生はメガネをクイッと上にあげると
「副作用は人により様々なので、斎藤さんにどんな症状が出るか使用しないとわからないですが、一般的には痺れ、吐き気及びそれに伴う嘔吐、食欲不振、味覚障害、疲労感、白血球減少、貧血、下痢、さらに脱毛などです。もちろんこれだけではないですし、複数の症状が現れることが多いです。生きるために受け入れていただきたいと思います」
お母さんの喉が「ゴクリ」と動く音が聞こえた。
「はい、その覚悟で治療に参りました」
お母さんが頷き、長い綺麗な髪が揺れた。お父さんが厳しい口調で
「副作用は仕方が無いとして、抗がん剤が効けば完治できる見込みはあるんでしょうか」
質問した。先生は淡々と
「これまでの症例で抗がん剤だけで根治は期待できないです。もちろん可能性がゼロということではありません。薬の効果は相性みたいなものもあり人それぞれです。現実的な目標としては抗がん剤の効果で腫瘍の数を減らし、かつ、小さくすることで腫瘍の切除手術を可能とすることと考えています」
「では、効果が現れるまでというか、治療期間はどのくらいの見込みですか」
「繰り返しになりますが、抗がん剤の効果は人それぞれなので、現時点で治療期間の見込みはわからないです」
先生は変わらず淡々と話しをしているけれど説明を始めた時よりも表情が暗くなっているように見えた。今度はお母さんが質問した。
「抗がん剤が効かないこともあるんでしょうか」
「効かないというか、期待していたような効果が出ないことはあります。その場合は薬を変更するなど調整していくことになります。斎藤さんはお若いので比較的強い薬を最初から使いますので、全く効かないということはないと考えていますが保証はできません。申し訳ありませんが現状です」
強い薬を使うということは副作用も強いんじゃないですか、どの薬も「期待した効果が出ない」時は、お母さんの体は癌と薬でボロボロになるだけですか、と聞きたかった。前に誰かから聞いた、こんな話を思い出してしまったから。
「火葬場で焼かれた時、薬漬けだった人は骨がボロボロでスカスカなの。箸で掴もうとしても崩れちゃうから掴めないのよ」
考えちゃいけないと思うけど、お母さんが火葬されてスカスカの骨になった姿を想像してしまった。
 髪の毛も無くなり、骨がボロボロになっても、お母さんに生きていて欲しい。癌を倒してまた元気になって欲しい。僕は下を向いて目を瞑り、お母さんが海で満面の笑みを浮かべている姿をイメージした。お母さんの未来を諦めてなるもんか。 
(第7話に続く)


(閑話休題)
 この話から癌治療についてのエピソードが入りますが、医療的にしっかりとした根拠がないフィクションとなりますこと、あらためてご理解いただきますようお願いします。

#何を書いても最後は宣伝
 今回は個別の本よりも、緩やかに。


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福島太郎@kindle作家
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