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【創作】ストックホルム症候群の猫(改)

 拉致監禁されてから丸三年になるのか。
 窓から空を見上げて昔のことをボンヤリと考えた。お母さんと本当の兄弟で暮らしていた温かい部屋は本当にあったのかなぁ。アニキと暮らし始めてからのことはハッキリしている。誰かに抱っこされ保健所に連れてこられてアニキと出会った。窓が無い薄暗い倉庫には他にも数匹の子猫が檻に入れられていて
「ナッツ君とチオ君、柄がそっくりで本当の兄弟みたい、二人とも仲良くね」
職員が笑いながらアニキがいる檻に僕を入れた。僕とアニキはキジトラ模様、全ての猫の祖先と言われるリビアヤマネコの特徴を強く受け継いでいる由緒正しい毛並みだった。
「俺のことはアニキと呼べ」
アニキは、ちょっと警戒したような顔で僕を受け入れてくれた。

 倉庫はいつも薄暗くて薄寒くて空気が重い。夕方は早い時間から真っ暗になって誰も来なくなる。檻は狭くて走ることも跳ぶこともできない。楽しみは一日二回のご飯と、偶に来る人間との交流ぐらい。人間が来た時は檻から出されて抱っこされたり、少し部屋の中を歩いたりできた。アニキが
「職員は良いけど『お客さん』には気をつけろ。猫を攫う」
と教えてくれた。実際に何匹かが「お客さん」に攫われて戻ってこなかった。僕は人間に抱っこされることが怖くて嫌いになった。

 アニキも僕もお客さんに攫われることはなく穏やかな暮らしが続いた。寒さが厳しくなってきて、毛布だけでは寒くて熟睡できない夜が増えてきたけれど、アニキの側にいると温かかった。人間のいる部屋には暖房があるらしいけど倉庫には無かった。
「雨風がしのげるし、毛布もあるしご飯も出る。外に比べたら天国みたいなもんさ」
アニキの言葉を聞いて不満を口にするのは我慢した。住めば都だしね。

 ある昼休み、職員がアニキを抱っこしに来た。僕は「シャーッ」をして抱っこを拒否した。職員はアニキを撫でながら
「ナッツ君を貰ってくれる人いないのかなぁ。もうすぐで三ケ月、このままだと殺処分になっちゃうのに」
誰に言うともなくこぼした。殺処分だって、このままここで暮らしていけるんじゃないの、体がブルっと震えて全身の毛が逆立った。
 ノックの音がして誰かが入ってきた。グレーの作業着を着た係長だった。
「ナッツ君元気にしているかい、朗報だ。面会希望の連絡が来たよ。今日これから来てくれるそうだ。上手くいけば金曜日には出られるぞ。善い人だといいなぁ」
嬉しそうな声が響いた。アニキを抱っこしていた職員が力を込めたみたいで
「ギャニャァ」
というアニキの声が続いた。

 係長と職員が去って暫くウトウトしていたら唐突にドアが開き、係長とくたびれた紺スーツの中年男が僕たちに近づいてきた。
(お客さんだ)
一瞬、「シャーッツ」をしようかと考えたけど「殺処分」を考えて我慢した。
係長は檻に手を入れて僕を掴み出してお客さんに手渡した。
(えっ、何で僕)
紺スーツは体を強張らせた僕を抱っこして背中を撫でながら係長に話しかけた。
「写真より穏やかな顔をしていますね」
「間違えました、そっちはチオですね」
係長は悪びれる様子もなくアニキを檻から取り出して僕と交換した。アニキは警戒しながらも甘えるような、見たことが無い表情をした。
「相性は問題無さそうですね。それでは手続きの説明をします」
二人は外に出ていった。
「アニキ、あの人間に拉致されちゃうのかな」
アニキに尋ねると、丸めた背中を僕に向けたままで
「さぁな。殺処分よりはマシだ」
「職員は三ケ月って言っていたよね。このままだと僕は殺処分かな」
返事は無く、僕はアニキと反対側の角で背中を丸めた。

 二日後、朝ごはんを出してくれた職員が笑顔でアニキに話かけた。
「ナッツ君のこと午後二時くらいには迎えに来てくれるって、良かったねぇ。チオ君にも良いご縁がありますように」
少し震える声で僕とアニキを交互に撫でた。いつもよりも長い時間だった気がした。
 係長と紺スーツが一昨日と同じように唐突に部屋に入ってきた。紺スーツはクリーム色のケージを持っていた。
「ナッツ君、新しいお家に行くよ」
係長はアニキを檻からケージに移すと、お別れを惜しむ時間もくれずに出ていった。倉庫の中は少しざわついた後、重たい空気に包まれた。僕はいつもより広くなった檻を行ったり来たりした後、アニキが寝ていた場所で丸まり、これからはアニキと暮らした時間を思い出して残りの猫生を過ごしていくのかなぁと考えた。
 数分後、係長と紺スーツが戻ってきた。紺スーツの手にはアニキが入れられたケージ、係長は違うケージを手にしていた。
「チオ君、ナッツ君と新しいお家に行くよ」
係長は嬉しそうな声で僕を檻からケージに移した。
 紺スーツは保健所の玄関で、見送りに来た職員たちに挨拶してから車に乗り込んだ。少し車を走らせてから係長とのやり取りを教えてくれた。

「まず、この書類の記入をお願いします。収入面とか失礼に感じるかもですが御理解ください。ナッツとチオはずっと一緒でしたから、ナッツ一匹だけになると、暫くは鳴いたりご飯を食べなかったり、遊んで欲しくて人を噛んだりするかもですが受け入れてくださいますようお願いします。二匹一緒だと心配は無いのですが……。まぁそのうち慣れると思います」
「二匹一緒に譲渡申込みは可能ですか」
「喜んで、です」
ということだったらしい。
紺スーツは
「一昨日、間違えて抱っこさせたのは係長の作戦だったのかなぁ」
と笑った。

 紺スーツの家では「六畳の猫部屋」に入れられた。電気が点いていて明るく、檻は無く、キャットタワーと広いトイレ、ご飯皿が置かれていた。僕とアニキは最初のうちはおそるおそる、次第にソロソロと、それから縦横無尽に部屋の中を走り回り探検しまくった。窓からは月星と夜の住宅街が見えた。アニキと一緒に走り回り、ジャンプしたり転げ回ったりするのは最高に楽しかったけど、アニキがコッソリ囁いた。
「紺スーツには何か魂胆があるかもしれないから警戒しろよ。特に抱っこに要注意だ、何処かに攫われるかもしれないからな」
僕もアニキも抱っこされそうな時には思いっきり抵抗することにした。紺スーツはすぐに抱っこを諦め、僕たちは穏やかな生活を手に入れたんだ。

 空を見ながら、ここに拉致監禁されて丸三年が過ぎたことをボンヤリ考えたのは、雪がはらはらと舞い降り、昼間なのに暗い影に覆われて薄暗かったから、保健所の暗い倉庫を思い出したのかもしれない。
 外からの寒気で冷えた体を温めるのに、キャットタワーから降りて隣の部屋にあるベッドに潜り込んだ。ここは紺スーツの部屋だけど、いない時もエアコンが動いていて暖かい。僕とアニキと紺スーツはずっと同じ建物で暮らしている。紺スーツは一緒に遊ぶことは少ないけれど、お腹いっぱいご飯を食べさせてくれて、チュールも毎日出してくれる。外に遊びに行くのは邪魔されるし、隙を見て逃げ出しても捕まえられちゃうから、監禁状態は続いている。
 アニキも僕も未だに紺スーツに抱っこをさせてはいないけれど、アニキは紺スーツが居るのにベッドでゴロゴロしている時もある。石の上にも三年らしいから、意地を張るのを三年で辞めて、紺スーツに抱っこを許してしてもいいかなぁと考えなくもない。生存本能からの「ストックホルム症候群」という心理状態なのかなぁ。
 けど、こういう猫生も悪くないと思うんだ。
(おしまい)

【余話】
 講座の宿題用に書いた作品を少し修正して投稿しました。12月中にも期間限定で一度投稿した作品なので、「あーー、読んだことある」とお気づきの方もいるかもしれません。
 前回から「サツショブン」の扱いを変え、微修正しましたが、大筋はそのままです。

 宿題として提出して、当初の予定では「修正して再提出」でしたが、先生から
「修正ではなく、全部書き直してください」
との再提出を指示されて、創作意欲が消えるくらい落ち込みました。というか今も落ち込んだままでますが、修行していきます。

 挑戦しても成功するとは限らない、だけど成長することはできる!

#何を書いても最後は宣伝

 成長の過程を楽しんでいただきますようお願いします。


 

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福島太郎@kindle作家
サポート、kindleのロイヤリティは、地元のNPO法人「しんぐるぺあれんつふぉーらむ福島」さんに寄付しています。 また2023年3月からは、大阪のNPO法人「ハッピーマム」さんへのサポート費用としています。  皆さまからの善意は、子どもたちの未来に託します、感謝します。