ラムネの音 #シロクマ文芸部
こちらの企画に参加です。
(以下、本文です)
ラムネの音から逃げるように背中を向け、皆に挨拶した。
「じゃぁな、また明日」
僕の背中にガラス瓶をぶつけ合うキン、キンという高い音と「かんぱーい」という声、続いてポン・プシュ・ジュワジュワという音が追いかけて来る。
走りたくはない、なるべく普通に歩こうとするけど足の動きが早くなる。いつものことだけど鼻の奥がちょっとツンとしてくる。
全校児童が100人にも満たない田舎の小学校、数少ない娯楽が駄菓子屋での道草・買い食い。10円から売っているお菓子や飲み物を買いながら皆でお喋りをする時間。暑い時期はラムネ、寒い時期は餡饅が人気らしい。
僕はその輪に加わることができないので、実際のところは皆が何を食べて、どんな話をしているのか知らない。毎日買い食いをできるようなお小遣いも無いし時間も無い。早く帰って洗濯物を取り込んだり晩ご飯の準備をしなきゃならない。疲れて帰ってくるお母さんのために、少しでも力になりたい。
お父さんは今日もパチンコに行ってるだろう。
家に時々、知らないおじさんたちが来てジドウギャクタイ、コドモノジンケンとかいう言葉をお母さんにぶつけるけど、正直余計なお世話だ。疲れているお母さんをイジメないで欲しい。
昭和53年夏、小学2年生だった僕は、世間から見たら貧乏な家の可哀想な子どもだったと思う。村で1軒しかない茅葺屋根のボロボロの借家には電話も扇風機も無かったし、夏休みに何処にも行く予定が無かった。けど、学校のプールで泳いだり公民館で本を借りて読んだり、星を観たり、楽しく過ごしていたんだ。
ポン・プシュ・ジュワ・シュワー。令和6年夏、僕の目の前でラムネの瓶が音をたてた。高速道路のサービスエリアで休憩がてらラムネの瓶を開けた。冷たい感触が手から上がってくる。
(そういや「ヒラリ・クルリ・プルン・ボスン」というのは、何の音だったかなぁ)
と考え始めたところで、娘に話しかけられた。
「お父さんって、ほんとラムネが好きよねぇ」
はい、君たちに毎回笑われることも含めて、ラムネが好きなんだ、憧れみたいなものかな。
瓶を口から離し、カラカラとビー玉を転がしてから、ゴクリゴクリと一気に飲み干す。空になった瓶に反射する光が眩しい。
あぁ、そうだ「ヒラリ・クルリ・プルン・ボスン」は骨皮筋衛門という優しいヒーローの技だ。
彼のような輝くヒーローにもなれなかったし、娘が幼い時に離婚した自分は「ちゃんとした父」にもなれなかった、ごめんな。過ごした時間や思い出は少ないけど、時々一緒にドライブや食事ができることを僕は楽しんでいるよ。君たちにとってはお財布とかタクシーなのかもしれないけど、それでも嬉しいんだ。
ラムネの瓶をゴミ箱に投げ入れる。瓶が奥に吸い込まれてガタンと音を立てた。
「じゃぁ、もうひと頑張り運転しますか」
娘を促し車に乗り込む。
子どもの頃、友達とラムネを飲むことはできなかった。子どもたちが小さい頃、一緒に過ごすことはできなかった。
けど、君たちが居てくれるから、僕は幸せな気持ちで生きることができるんだ。膨らんだお腹を抱えながら「ヒラリ・クルリ・プルン・ボスン」と君たちのヒーローを目指すよ、生涯をかけて。
(おしまい)
#何を書いても最後は宣伝
「骨皮筋衛門」のお話は、こちらからどうぞ。
※イラストはイメージです。実在の人物等とは関係がありません。