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【創作】題名のない物語WSS 第10話

第10話 離
 会う度に、心が惹かれていくことは自覚していた。彼も私に対して感情を高めていることも感じていた。本来ならば両想いということになると思うのだけれど、考え出すと少し気が重くなる。
 彼は故郷での就職活動を続けているけれど、再三の不採用通知に自信を無くしているように見える。故郷に帰ることを諦めるような雰囲気も感じる。そしたら、このまま一緒に過ごすことができるのかしら。
「それは嫌」
 うん、これは正直な気持ち。彼には愚直なくらい真っ直ぐに生きて欲しい。不器用だけれど、誰に対しても誠実であろうとする彼を好きになったのだから、その想いを変えないでいて欲しい。
「そうか、私は彼のことを好きなのか」
 気づかないように、見ないようにしていた気持ちを自覚してしまった。もう友達のフリすることは止めよう。そして、同僚として、こっそり彼の就職活動を応援することにしよう。自分も夢を諦めずに行動しよう。彼から学んだ気持ちを大事にしよう。
 三日後に、木元の故郷にあるワイナリーから12月1日付けの採用通知が木元に届くことを知らないまま、西野は今日の待ち合わせ場所に向かった。

 葛西臨海水族館から駅に向かう途中、覚悟を決める。
「唐突に感じるかも知れませんが、こうして一緒に過ごすのは、今日で終わりにしていただけますか。勝手と思うかも知れませんが………好きな人ができました。その人のために、木元さんとは逢わないようにしたいのです」
 木元がキョトンとした顔をした後、泣きだしそうな顔をする。泣きたいのはこっちですよ。こんな風にちゃんと送り出そうとする、良い女はそういませんからね。
「わかりました。これからはlineもしない方が良いですよね」
はい、おっしゃる通りです。お互いに変に引きずらないように、スパっとした方が良いとは思いますよ。けど、第1声はそうじゃないでしょう。「嫌」とか「駄目」とか、必要な通過儀礼があるんじゃないですか、と考えたが口には出さず、やんわりと諭す。
「そういう素直なところを私は思いやりと理解していますけど、普通の子ならガッカリするところですからね。これからは気をつけた方が良いと思いますよ」
「夕食はどうしますか。予約はしてないから、食べずに解散しても大丈夫です」
駄目、怒りが抑えられない。今、諭したばかりなのに、どの口がそんなことを言うの。
「ちゃんと話を聞いていますか、「今日で終わりに」と言いました。今日はまだまだ終わらないですよ。余裕で、晩御飯を食べる時間がありますよね。罰として、夕食の場所は私が指定します。良いですね」
「もちろんです。どんな高い店でもエスコートさせていただきましょう」
 これが、この人の良いところというか、人を惹きつける狡いところ。どんな無茶ぶりをしても、答えは必ず「Yes」から始まる。まずは、相手の想いに応えようとする優しい人。皆に好かれるわけだ。
 今日、お別れを告げることに合わせて、考えていたプランの実行を決意する。今日が友達としての最後の晩餐になるのであれば、御馳走してあげましょう、渾身の手料理を。
「素直で何よりです。では、今夜はリストランテ・ウエストフィールドにします」
「行ったことがない店ですね。フレンチ、それともイタリアンですか」
私も行ったことが無いです。店の場所も雰囲気も知りません。
「ジャンルはこれから決めます。材料とお客様次第になりますから」
「無国籍料理という感じですか、珍しいですね」
「うーん、国籍は日本ですから、和食ベースかも知れません。決めるのはお客様です」
「何とも、不思議な店ですね。場所はどこになりますか」
「八丁堀です」
「八丁堀にそんな店がありましたか。全く知りませんでした。最近出来た店ですか」
笑いを堪えられなくなり、噴き出す。後は、複雑な感情には蓋をして、二人で楽しい時間を過ごしましょう。
「最近も何も、リストランテ・ウエストフィールド、本日オープン、本日閉店です。一夜限りのレストラン、チーフシェフは私、スーシェフは木元さんです」
そう、本日で閉店です。予想はしていたけれど、覚悟もしていたけれど、お別れも受け入れる人だから、今日で閉店。本当は何度でも食べさせてあげたかったけど。
「では、シェフ、これから仕入れに同行していただいてよろしいですか」
 はい、素直でよろしい。一緒に買い物をして、一緒にご飯を食べる。そんな何でもないような幸せの味を二人で楽しみましょう。



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福島太郎@kindle作家
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