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【創作】題名のない物語WSS 第2話

第2話 変
 覚えなくてはいけないことが多く、今までは他の部署を見ている余裕は無かったけれど、確かに、塚原課長に叱責を受ける職員は時々いて、「なんだとー」という塚原の声が、サイレンのようにフロアに響くことがあった。そのサイレンが鳴ると、数人の職員はちょっとした歓喜の表情で、哀れな生贄に目を向ける。そして、その生贄を木元が救うのが基本的なシナリオのようだった。
 「木元さんにお礼を言わなくてはならないのでは」
 ぼんやり考えるようになった。
 あの時、木元が塚原課長の邪魔をしなければ、自分は本気で会社を辞めていたと思う。塚原の理不尽さだけでなく、こんな人を管理職にするという会社に対する不信感もあった。けれど、中村の言う「ツーカギレイ」という言葉はなかなか適切だったようで、中村以外の職員からも「大変だったわねぇ」「聞いたわよ」という感じで、慰めとか励ましとかの言葉をいただくとともに、「仲間」というエンゲージメントが急に高まるような感じがした。
 また、塚原課長が「詫び」を入れにきたと課長から聞かされた。詫びを入れる相手は課長ではなく私では、と思わなくもなかったけれど、まぁ、根っからの悪い人ということでもないらしい。そういうことを学べたことに少し感謝する気持ちも生じていた。

 そんなこともあり、塚原たちの職場を少し意識していたせいか、事務をしていて、あることに気がついた。
「中村さん、塚原課長のところって、残業代とか交際費が他課や営業所よりも、断然少ないのですが、やはり塚原課長が厳しいからですか」
気づきを言葉にしてみる。わからないことをそのままにはしておけない性分である。
「あっ、気がついた。それは塚原課長というよりも、木元さんが来てからみたいよ。あの人、営業のくせに、接待とか残業が嫌いで、すぐに帰るんだけど、周りもつられてそんな感じになったみたい。で、結果として課全体の数字が下がったのよね」
「そうですか。でも、営業成績自体は悪くないですよね」
「そうなのよ、悪くないどころか、大きな売り上げは無いけど、コストをかけてないから利益率は高いのよね。まぁ、それだけ他の部署が無駄な経費をかけているとも言えるんだけどね。営業の人たちは、接待費名目で自分たちが飲んだり、食べたり、無駄な残業したり、狡いわよね。ま、ヒツヨーアクな部分もあるのでしょう。塚原課長と一緒で」
中村は自分の言葉で笑っていたが、そんなに面白い話とは思わなかった。
 木元さんは「変わった人」らしい。そういえば、社内の歓迎会の時に、色々と話かけてきたり、連絡先を交換しようとしたりした人がいたけれど、木元とは話をした記憶が無かった。誰とも連絡先を交換してないので、確認することができないことを残念に思った。お高くして連絡先を交換しなかったのではなく、父から何度も言われている言葉のせいだった。
『出会って、すぐ口説いてくる異性は、愛ではなく恋で動いているので、気をつけてください。恋にあるのは下心だからね』
 そういう父は、母と最初の職場研修で知り合い付き合い始めたことを知っているので、恋が始まるのも悪くないとは思うのだけれど、すぐに連絡先を聞いてくる男は信用できない、というのは自分の経験から考えても納得できることだった。


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福島太郎@kindle作家
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