【創作】題名のない物語WSS 第3話
第3話 杯
帰宅すると、珍しく父が先に帰宅していた。もうお酒を飲み始めている。テーブルの上には少しのおつまみが乗っていた。
「ずいぶん早かったのねぇ」
「今日は健康診断を受けてきた。まだまだ若い体と医者に褒められたよ」
嬉しそうな顔で話す。だからといって飲み過ぎてはいけないと思うのだけれど。
「良かった。お父さんにはまだまだ元気で居てもらわないと」
「もちろんさ、ひ孫の顔を見るまでは元気でいるぞ」
「じゃぁ、お酒はほどほどにしてね。後、私は娘だから良いけど、職場では、結婚とか出産の話を女子にしないでね。傷つく子もいるからね」
「そうだな、母さんにも叱られるから、酒はこれで止めておくか。ところで、お前の職場では、そのセクハラとかパワハラは大丈夫なのか」
もしかしたら、父はそのことを聞きたくて、早めに帰宅したのかも知れない。
「セクハラもパワハラも大丈夫だよ。1度だけ隣の課長に強く叱られたけど、皆が助けてくれたし。新入社員にすぐ声をかけてくるような方は、ちゃんとお断りしているよ」
「そうだな、すぐ口説いてくる異性は、下心で動いているからな。まぁ、気をつけていても落ちるのが恋というものだけど」
「お父さんと、お母さんのようにね。私も一杯だけ貰おうかしら。着替えてくるね」
あらためて、父と一緒に喉を潤す。
「酔って言うのも何だが、お前は聡い子だから、正直、あんまり心配してないというか、信用しているというか。安心しているというか……。
母さんは何ていうかわからないが、お前に好きな男ができたら、父さんに教えてくれ。お前の味方になるから。お前が選んだ男なら信用する」
「そんな人はいないですけど、信用していいですよ。お父さんと、お母さんの娘ですから」
ふいに、木元の姿が頭に浮かぶ、あの「変な人」の話をしたら、父はどういう評価をするのだろう、空気が読めなくて、仕事に熱心ではなくて、新人の女の子に興味を示さない草食系男子。今はまだ好きでもないので、話すこともないでしょう。と考えながら、2杯目を注いだ。