【創作】題名のない物語WSS 第11話

第11話 枯
 有志による「中村の寿退社を祝う会」から帰宅して、真っ先に窓際に駆け寄る。ポット栽培していた紫蘇は、新しい葉に命をつなぐことなく、茎も変色を始めていた。
「この子とも、さようならか」
二人で参拝した神社の露店で買った紫蘇。夏から同じ空間で一緒に過ごし、いろんな話を聞いてくれていたけれど、本当はあなたを使った料理を創って、食べさせたかったけど。感謝しながら、手放すことにしよう。もう話すことも、料理をすることもないのだから。
あなたが我が家にいたことを知るのは、世界で一人しかいない。
「何で紫蘇なの」
そう言って笑っていたけど、私が切ない想いで紫蘇を選んだことに気づかない鈍感な男。
 花が咲くような関係じゃないもの、実を楽しめるような間柄じゃないもの、花も実もなくても一生懸命に生きようとする紫蘇が、愛おしくおもえたんだもの。
「今まで、一緒にいてくれてありがとう」
ポットの中の命だったものに別れを告げ、迷いながらlineを送る。この命を知るもう一人の人に報告だけはしておこう。
「紫蘇が枯れてしまったの」
多分、もう寝ているだろうし「これからはlineもしない方が良いですよね」と語った頑固な人は、レスを返すことはしないだろう。それでもいい、何か答えが欲しいわけじゃない。ただ、少しだけでも心を重ねたいだけ。掌の中でスマホが震える。
「紫蘇は、君と一緒に暮らせて幸せだったと思う」
本当に狡い人。人が落ち込む時に優しさを見せるなんて。
(じゃぁ、あなたは)
一度、入力してから取り消す。じゃぁ、あなたは幸せだったの。それを手放して、故郷に帰っても、幸せでいられるの。古い漫画の一場面を思い出す。
『実らなかった恋に意味はあるのだろうか』
紫蘇は枯れましたよ。何も実りませんでしたよ。「幸せだったと思う」ですって。過去形にしないで、ちゃんと、もっと幸せになりましょう。私たちはまだ生きているんですから、ここからでも何かを生み出せると思いませんか。
そのために、私は何ができるのか、何をしなければならないのか。ハードルは高いかもだけど、上手くいく保証はないけれど。
大事なことは、これからどうしていくかです。
そんなことを考えながら、もう震えることがないスマホをテーブルに置いた。


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福島太郎@kindle作家
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