【創作】8.5話 暗路
【前説】
拙著「恋する旅人」に収録している「題名のない物語」の外伝です。時間軸としては「8話 帰路」と「9話 夢路」の間になりますので、「8・5話」としました。「題名のない物語」を読んでいただいた方には、より楽しんでいただけると思います。アフターサービスとして、どうぞ。
以下、本文です。
まだ、話したいことがある。その気持ちは間違いないのだけれど、言葉どころか、声にもならない。玄関先でペコリと頭を下げ、くるりと向けられた背中に、右手を上げるのが精いっぱいだった。
静かにドアが閉まり、僕らは職場の同僚に戻った。
追いかける訳にはいかない。彼女の恋を応援しなくては。僕ができる唯一つのことは彼女の幸せを祈ること。
どのくらい玄関先に立ちすくんでいたのかわからないまま、コートを羽織り外に出る。冷たい空気が目と耳に痛い。コンビニの前を横切り、墨田川へと向かう。ライトアップされた中央大橋の白い鉄骨が天に伸びている。
空には、星も月も見えない。
視線を落とし、橋の横から墨田川の河川敷に向かう。1年前も彼女を思いながら歩いたけれど、あの時はこんな未来を迎えるとは考えもしていなかった。
暗い川の上を、ポンポンと音を鳴らしながら、船が川上に上っていく。
今は悲しい気持ちで胸が一杯だけど、いつか、この痛みに慣れる日が来るのだろうか。いや、慣れなくても、耐えなければ。僕たちはまだ生きているのだから、ここから何かを生み出さなければならない。そのために、僕は何ができるのか、何をしなければならないのか。大事なことは、これからどうしていくかだ。上手くいく保証はないけれど。
決意を胸に前を向く。永徳橋の向こうにはスカイツリーがライトアップされている。
浅草寺の露店でポッド苗を買った時の彼女を思い出した。
「何で紫蘇なの」
答えは無く、笑顔だけが返ってきた夏の夕暮れ。彼女と一緒に過ごすことができて、幸せだった。それはかけがえのない宝物として心に残っている。僕は間違いなく幸せだった。
天を見上げた。星も月も見えないけれど、雲の向こうにはある、空の上では輝いているはず。
上を向いて歩こう、涙がこぼれないように。
【補足】
ピリカさんの「曲からチャレンジ」への参加です。
【曲名 上を向いて歩こう アーティスト 坂本 九さん】
勘の良い方はお気づきかと思いますが、KEROさんインスパイアでもあります。KEROさんの「見上げてごらん夜の星を」も併せてお楽しみいただければと存じます。
さらに、きよこさんとのコラボも追加です。
きよこさん、忙しいところありがとうございました。
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