【創作】カイギュウがいた村(第3話)
第3話 チーム
家の前で美幸から「一緒にいた方がいい」って聞かれたけど、僕は首を横に振り美幸は少し肩を落とした。軽自動車が停まっているのでお母さんは自宅にいるんだろう。
「ただいまぁ」
僕は大きな声を出しながら玄関の引き戸を開けたけど、返事は聞こえなかった。家の中に入るとお母さんは奥の部屋、コタツでうたた寝をしていた。静香にランドセルを置いたけど、お母さんに気づかれ目を覚ましてしまった。
「お帰りなさい。もう夕方」
眼をしばしばしながら聞いてきた。
「まだ二時にもなっていないよ。ちょっと早退してきたんだ」
「早退って、具合でも悪いの」
「僕は悪くない。けど、お母さんは大丈夫なの」
お母さんは体を起こして、僕をねめつけるようにして見た。
「お母さんのことは、お父さんが帰ってきたら話してもらう、でいい」
僕は頷きながら確信した(あぁ、お母さんは本当に癌なんだ)。そうじゃなきゃ「大丈夫だよ」で済む話なのに。わざわざお父さんに話してもらうなんて。お父さんの帰りを待たなきゃならないなんて。
僕はお母さんの隣に座って体を預けた。お母さんは僕の肩に手を回してトントンとしながら
「大丈夫、大丈夫、ごめんね心配かけて。今日は一緒におかずを買い物に行こうか。カレーでもトンカツでも、賢治の好きなの作ってあげる」
声を出したら泣きだしそうで、返事ができなかった。
「夏になったら、また家族みんなで海に行きたいね。令和元年に行ったきりだもんね。潮干狩りして、バンガローに泊まって、花火をしようね。それまでに、お母さんも元気にならないとね」
僕はこみ上げてくるものを我慢することができなくて、炬燵布団がポタポタと音を立てるのを止められなかった。
夜になり、車のエンジン音でお父さんが帰ってきたことに気がついた僕とお母さんは、決めていなかったのに、それぞれ居間と台所から廊下に出てきて玄関でお父さんを待った。
「ただいまぁ」
笑顔で帰ってきたお父さんは僕たち二人を見て、というかお母さんの顔を見て、困ったような顔でお母さんに目くばせした後、真面目な顔で
「話したのか」
と確認し、お母さんは
「何も言ってない。お父さんから話した方がいいかなって」
「お風呂に入る前の方がいいか」
と、お母さんに確認したから僕も頷いた。多分、真剣な顔をしていたと思う。お昼からずっと待たされていたんだから、もう我慢できない。
普段のお父さんは帰宅したら最初にお風呂に向かう。土木業の会社に勤めて現場仕事が多いから、最初に汗や泥の汚れを落としてからの「ビール」というのが日課だった。そう言えば、最近はビールじゃなくて発泡酒だし、飲まない日が増えているような気がした。
三人で居間のコタツに座った。正座した方がいいかなってちょっと考えたけど、二人がいつもどおりに座ったので僕もそうした。お父さんが「んっんっ」て何かを整えた後に話し始めた。
「賢治、驚かないで聞いて欲しい。お母さんが癌になった。今まで言わなくてすまない。正直なところ、お父さんもお母さんもどうすればいいのか、どうなるのか、現実として受け止めきれない部分があり、賢治に伝えるタイミングを逃してしまった」
考えてみれば、お母さんが仕事を辞めただけじゃなくて、お父さんが早く帰宅するようになったり、二人で病院に行くことが増えたりしていたから、僕が気づかない方が変だったんだと今なら思う。癌というのは覚悟していたから、僕はネットで検索した情報から、最初に確認したいことを尋ねた。
「何癌、ステージは」
お父さんはお母さんとアイコンタクトしてから教えてくれた。
「大腸癌が一番進行していて、肺にも多発転移しているステージⅣだ。大腸の腫瘍が多すぎて手術ができないので、これからは抗がん剤による化学療法で治療していくとのことだ」
シナリオでもあったかのように整然と教えてくれた。もしかしたら、会社の人とかに何度も説明したのかもしれない。
「ステージⅣで、手術もできないってことは末期癌ってこと。もう治らないの」
隣でお母さんがうつむくのが判った。だけど逃げちゃいけないって思ったんだ。
「末期癌の考え方にもよるけど、俺は末期癌だとは思わないし、治ると信じている。若いから進行が早いけど、若いから治療効果も高いと信じている。治るんだから末期じゃない」
お父さんの声は力強かった。
「治るんだね」
「治るというか、治すんだ。お母さんだけじゃなく、俺と賢治も一緒になって癌と闘ってお母さんを治す。そのためにも、家事や炊事をしてお母さんを助けなきゃならない。それと、これから治療費もかかるだろうから、これまで以上に節制しなきゃならない。やれるな」
お父さんは闘う仏像のような表情で右の拳を突き出してきた。
「できる、僕も闘う」
右拳を突き出して、お父さんの拳にぶつけた。
「お母さんも一生懸命、闘うからね」
お母さんも拳をぶつけた。
お父さんもお母さんも笑っているのか泣いているのか解らないような顔をしていた。
「ヨシッ!じゃぁ、お父さんはお風呂に行く」
立ち上がったお父さんの背中は、いつもより大きく見えた。
(第4話につづく)
第2話はこちら
(ちょっと舞台裏です)
自分で書くのも何ですが、当初の想定と展開が変わっているので、今後どうなるか不安ですが、何となくここまでが「起承転結」の起になります。
当初想定では「自宅(朝)→学校(昼)→自宅(夕方)」でしたが、自宅を最初にして「癌の匂わせ」をするより、最初に学校で「癌」の方が引きが強いかな。ということになりました。
ある程度、登場人物と起承転結の展開は考えていたのですが、もう初っ端から「想定外の美幸」が登場してしまいました。学校の場面は「剛と賢治の二人と先生」で動かす予定でしたが、既に予定外です。
これから「抗がん剤治療」が始まり、お母さんは厳しく苦しい闘いになる予定です。
#何を書いても最後は宣伝
全く方向性が違うようにも感じるこんな作品もあります。
けどいつも心に「人間讃歌」
#地には平和を人には愛を
#かこに感謝し未来を夢見て