手が覚えていること。頭が覚えていること。40年前のパン修行の話
「包丁で指切ったねん」パン作りではなく、ごはんをつくっているときに指を切ってしまったそう。
(さすが職人!って言わなくてよかった・・!)
ここ数日間、とある事情があり、自炊にハマっているという堤店長。
昨日はCook Do®で青椒肉絲を作ったらしい。レシピどおりに作りたくて、ピーマンはきっかり150g。1個しかないときは、青椒肉絲は作らない。
ということで、さて、久々にタローパンのnoteをかきます。3代目店長の2番弟子です。
堤店長は、O●●●大学経済学部経済学科を卒業したあとすぐ、神戸の老舗パン屋ケルンに修行で3年間住み込みで働いた。
*パン屋になることを決めた経緯はこちら📰(🔗ソトコト)
大学時代4年間は、ファミレスでアルバイト生活に明け暮れていた堤店長。ケルンでの生活は“真逆”だったそうです。
住み込みは、3畳半の一部屋で3年間。どんな生活を送っていたのだろうか。
最初はどんなことをしていたのか、と聞くと、とにかくフランスパンや食パンなど基本的なパンを作り続けていたらしい。
飽きるくらいやったことだけは覚えているそうで、どれくらいやったかとか、どんなことやったかとか、あんまり覚えていないそう。その単純作業が一通り身についたら、菓子パンや総菜パンなどの小さいパンを作るようになったみたい。
3年間の修行のあとは、関東のパン学校に行くことになったわけだが、そのときに、ケルンでのこの経験が活きて、成形の様子を先生から褒められたらしい。
大手のパン作りは、機械がメインになってきていた当時。飽きるほどやってきた堤店長の腕前は、機械よりももしかしたらスゴイ。
何か楽しかった思い出はないのか!と聞くと、
先輩たちの中には、ギャンブル好きの人も多かったそうで。修行の身である堤店長は、御用聞きもやっていたらしい。
すごい力説するので、何度も行っていたのかと思いきや、たったの3、4回らしい(笑)。パン作りの話より印象的だったらしい。貴重な経験だ。
いやいや、だから、パン作りの思い出ほしいんですけど(笑)。
・・・いくら聞いても、パン作り以外の思い出しか出てこないので、このあたりで終わり。
でも、堤店長の手がしっかり覚えてるから大丈夫か。(なんかうまいこと言った感)
堤店長と同じく、修行として来ていた方が一人いらっしゃったそうで。今は豊中でパン屋さんをしていらっしゃるそうです。(*気になる方は堤店長まで!)
そしておもしろいのが、その店のクリームパンが、タローパンのクリームパンと同じ見た目(柄)で、ケルンのクリームパンとも同じだそう。
なぜその柄にしたのか聞いてみると
「・・・え???( ^ω^)」
まあいいか。今日食べようと思ったけど、売り切れていました。人気商品だ。
先週、大学時代のアルバイト(40年前)の先輩がタローパンに来たり、ケルン(40年前)の同僚が来たり、と重なったそうで。
それでこの話をしてくれたみたいです。
🍞
Instagramようやくフォロワー900人超えました..!🎊
年末までに1,000人行きたい…!