小じさん第13話「遊園地と小じさん 2」

 遊園地は盛況だった。ここはディズニーランドかと突っ込みたくなるほど、人で溢れかえっていた。まあ私、ディズニーランド行ったことないんだけど……。
 ここは田舎街。天下のディズニーランド様の混雑はこんなレベルではないだろう。それでも、この街の人たちにとっては、こんな小ぶりな遊園地でも、半分は冗談、半分は本気で「ディズニーランド支部」と呼称するくらいには、嬉しい地域開発だった。
 そう。私は今、ここディズニーランド支部に、彼と遊びに来ている。みっちょんも一緒だから、彼とふたりきりというわけではないけれど。ふたりきりなんて何を話せばいいかわからないから、むしろこっち方がいい。

 もしかしてこれって、とても贅沢な時間なんじゃ……などと考えるくらいには、私は落ち着き始めていた。
 みっちょんが言うように、1回くらい恋に突き進んでみるべきだろうか。でも、既に恋ではない気がし始めているこの感情に対して、どう突き進めばいいのだろう。それとも、恋か恋じゃないかなんてどうでもいいことなのか……恋人を作っている人たちは、そんなこといちいち考えず、誰か適当に、ある程度好意を抱ける相手を見つけて付き合っているのだろうか。
 わからない。
 あまり他人の話を聞いたことがないから、わからない。
 どうしよう……。
 あー! また、あれこれ考えてしまっている!

「どした? サヤちん」
「あ、いや……ははは。なんでもない、なんでもない」

 声に出ていた。頭を両手で挟むようにして、「あー!」と叫んでしまっていた。ちょっと股を開いてみっともないポーズになっていたかもしれない……まぁ、そもそもジャージだし、そこはいいか。

「大丈夫? もし具合悪かったら、休憩できるところに行こうか? 僕は大丈夫だから」
「いやいや! ほんとになんでもないから。さ! 入るアトラクション決めよう!」

 優しさが、むしろ辛い……。

 そんな噛み合わないやり取りをしつつ、私たちは園内を歩いた。どのアトラクションも順番待ちの列を作っている。
 どんな遊園地も同じだろうけど、空間がお客さんたちの熱気と浮揚感で満たされていた。
 ここは、日常とは違う。大人たちは仕事なんかの嫌なことを一時的に忘れてここにいる。子どもたちは嫌いな宿題のことを一時的に忘れてここにいる。私たち、子どもと大人のはざまの民は、将来への漠然とした悩みを一時的に忘れてここにいるのだ。
 ずっとここにいたい――そう、思った。知らないうちに、いろいろな疲れが溜まっていたのかもしれない。ずっとここにいたい。ほんとうに。

 ひとしきり歩いた後、適当に決めたアトラクションの列に並んじゃおうという話になったところで、みっちょんが急に話題を変えた。

「ところでさ、りょうくん頼んだよ〜。サヤちんとゼミの教授のこと」

 みっちょんが彼を下の名前で呼んだことに驚く私。みっちょんは人と距離を縮めるのが本当にうまい。羨ましい。

「ははは」と、りょうくんが木々の葉を揺らす穏やかな風のように笑う。「まあ、あれは確かにちょっとやり過ぎだね。あからさまだよ。明らかにサヤさんを標的にしてる。でも、大丈夫だよ。ゼミ仲間はみんな、ちゃんとサヤさんの味方だし……」

 と、そこで爽やかな表情に少し困惑の色をにじませて、りょうくんは自身の頭をかきながら、

「まぁ、そこそこ偉い教授みたいだから、あまり思い切ったことはしてあげられないけど、ゼミのあとみんなで教授への愚痴大会を開くことくらいはできるよ。飲みに行くのもいいかも」

 などと、親身に考えてくれるところが貴い。
 とても強い好意を抱く。でも、これは恋ではない気がする。なぜだろう。恋を抱いてもおかしくないのに、なぜ好意で止まるのだろう……。

 私は、「うん、ありがとう」とだけ返事した。

 他愛のない話がひと段落すると、話題が途切れた。周りのアトラクションや移動販売車、お客さんたちが手に持っている園内で買ったのであろう様々なグッズを見るともなしに見る。こういう場所での沈黙はそれほど気まずくないな、などと考えていたら、気づいたときには彼とふたりで肩を並べて歩いていた。
 あれ? みっちょんはどこいった?
 と、あたりを見回してみると、私たちのすぐ後方で、みっちょんがスマホの画面を見ながら固まっていた。

「え……サヤちん、ごめん」
「みっちょん、どうした?」
「ママが発熱。今日、うちにはママひとり……」
「大変じゃん。じゃあ、今日は解散して、また別の日にでも……」
「いや!」みっちょんの手のひらが私の鼻先にかざされた。「それは悪いから、あとはふたりで楽しんで!」
「え、でも……」

 どうしよう、私、男の子とふたりきりで遊んだことなんてない。しかも、相手はりょうくん。どうしよう、どうしよう……、って、え!?!?

 私はそのとき、あらぬものを見てしまった。
 みっちょんの頭頂からニョキッとそれは現れた。おそらく、みっちょんの背中をよじ登り、つい今しがたみっちょんの頭頂に到達したのだろう。

 小じさんだ。

 小じさんのいつもののっぺらぼうが、こちらにまっすぐに向けられている。その言わんとしていることが、わたしは分からなかった。分かりたくもなかった。

(つづく)

■これまでの小じさん


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