小じさん第二十一話「黒い小じさん? 3」
「すみません、ちょっといいですか?」
小じさんと話していたら声をかけられた。
中学生くらいの少年。眼鏡をかけている。前髪はまっすぐ横一文字に切りそろえられている。眼鏡の奥の目に生気が感じられない。表情が無い。
「いいよ。どうしたの?」
少年は答えない。眼鏡の奥の死んだ目でじっと見つめられる。僕は待つ。少年が話し始めるのをじっと待つ。
「お兄ちゃん」
――!?
僕に弟はいない。
そもそもこの子のことを僕は知らない。
よって、これは年上の男性という意味の「お兄ちゃん」だろう。このように頭を整理してから、僕はもう一度質問した。
「うん。どうしたの?」
「誰と話してるの?」
ギクリとした。
小じさんの姿はおそらくこの少年には見えていない。だから、この少年には僕が何もない空間に向かって何やらぶつぶつと話しているように見えたのだろう。
――――いや、違う。
確かにこの子には小じさんの姿は見えていないかもしれない。でも、そうならば、僕が誰かと話している様子も含めて認知できないはずだ。これまでも人前で小じさんと会話を交わすことが何度かあったが、周りに不審がられたことは一度もなかった。周囲の人々は小じさんの存在だけでなく、小じさんにまつわる“事象”そのものが見えないはずなのだ。
でも、少年には少なくとも僕が誰かと話している様子は見えている。
この少年はいったいどこまで見えている?
「それ、もしかして小ばさん?」
――!?
「なんや、見えとんのか」
答えたのは小じさんだった。
「うわ、喋った。やっぱり、小ばさんじゃないんだ。だって、小ばさんは喋らないもんね」
「なんや、お前さん、小ばさんと知り合いなんか?」
「うん。友達だよ」
「ははッ、あんなけったいなもんと友達か。そりゃおもろいな」
そのとき、少年の眼鏡の奥の目にわずかながら不快の色がさしたようだった。少年の顔から初めて得られた感情に関する情報だった。それは、もしかすると勘違いかもしれないというほど、ほんの微かな変化だったが。
「小ばさんは、けったいじゃないよ」
少年は一語一語を丁寧に発音するように言った。その話し方の意味するところは分からなかった。怒りを抑えているようにも聞こえるけれど、この少年の単なる癖ともとれた。
そのとき、少年がちらりと、自身の足元に視線をやったように見えた。それは、眼球のほんの微かな動きによって行われたし、僕とその少年の眼球との間には少年がつけている眼鏡のレンズという障壁もある。そのような状況で、僕は少年の視線が本当に動いたのかどうか確信が持てなかった。はたして本当に少年は自身の足元を見たのか。しかし、それはきっと本当だ――――少年の足元には、小ばさんがいた。
それはマクドナルドで見たときと同じように、黒々とした瘴気を放っていた。
小じさんと同じくのっぺらぼうの顔面。黒い顔面が、小じさんの方に向けられている。対する小じさんも、じっと小ばさんを見つめる。
――小じさんが、怒っている
僕にはそう見えた。小ばさんに対してじっと向けられる小じさんの顔からは、当然、何の表情も読みとれないが、小じさんは確実に怒気を小ばさんに向けて送っていた。そして、小ばさんはそれを嘲っているように見えた。
「ちっ」
小じさんが舌打ちをして小ばさんから顔を背けた。
「立ち去るんや。今日、お前さん等に話すことはない。今すぐ立ち去れ」
少年が吹き出すように笑った。それは本当に、笑った本人にとっても不意だったと言わんばかりの笑い方だった。なにせ、「ぷふっ」と言ったのだから。
「うん、わかった。でも、また会いにくるね。はじめから、今日は挨拶程度のつもりだったし。僕たち、きっと仲良くなれるよ」
「あほ、なれるかいな」
少年は今度はクスッと笑って、去っていった。
(了)
■これまでの小じさん