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短編小説 「山賊の獲物」

2500文字/目安時間4分

静寂。

耳の中に入ってくるのは、森の中の草木を踏みしめながら移動している音だけ。
この美しい音だけが、俺にとっての唯一の癒しだ。
自然という楽器から奏でられる音は、本当に気持ち良い。
梅雨の時期だからか、空は曇っているようで、ジメジメしてて、生い茂った木の間からは太陽の光は漏れていないようだった。

俺らは山賊だ。
山賊は、言うまでもなく、山を通る通行人からモノを奪って生活する。

仲間からの情報によると、この先の古い山道に商人達の一行が通る予定らしい。
その山道が良く見える崖の上に待ち伏せすることにする。
よく獲物を狙う場所のひとつだ。

待つこと数時間、ちょうど緊張が解けて欠伸をした時に、獲物は現れた。
荷物をたんまり乗っけている牛を引く年配の男。おそらく商人。
その周りに、腰に剣をさした男が2人。おそらく護衛。

こっちは俺と相棒のティズ。

こちらの動きがバレたら面倒なので、2人だけで来たが、相手がこの戦力ならば増援は必要なさそうだ。
ティズを横目で見ると、既に俺を見ている。
こちらが口を開ける前に、
「ジャンケンして勝った方が、あの獲物を狩りにいく。どう?」
と、笑いながらティズは言う。
俺は眉をひそめる。
「いや、護衛が2人いるから、お互い1人ずつ殺ればいいじゃん」
「えー、それじゃあ、面白くねぇじゃーん」
ティズはふてくされた顔をしている。
こうなったら、もうどんなに説得しても無駄だ。
「わかった、いいよ、お前に譲るよ」
と言ってあげる。

俺は、このおサルさんより大人だなぁと自負してる間もなく、ティズは白い歯をニカッと見せて、道に反り立っている崖つたいに、商人達の方へ静かに走っていく。
彼は、狩りを楽しんでいる。
ティズが、一行が通るちょうど真上の崖に着いた。
そこから飛び降りて、まず1人を殺り、残ったもう1人とタイマンを張ろうという作戦だろう。
俺はというと、ただ崖上から傍観している観戦者と言ったところか。
今更ながらティズに2人とも譲ったことを後悔する。

ティズが飛び降りた。

重力による位置エネルギーと彼の戦闘の天才さを思わせる絶妙なタイミングで、振り下ろされた斧は一振で1人の頭をスイカのように割った。
商人は腰を抜かして地に転げる。
残されたもうひとりの護衛兵士は、一瞬たじろぐが、すぐに体制を立て直しティズの方へ向かいながら剣を鞘から引き抜く。
度胸だけは褒めるが、動きが硬い。おそらく街の民兵レベルか。そのレベルの剣の扱いでは、天と地がひっくり返ってもティズには勝てない。

そんなことを思いながら、二者が向かい合おうとしているのを見ていると、目の端に動きを捉えた。
その瞬間、自分の体か一気に緊張するのがわかる。
先程ティズが飛び降りた崖の上に、兵士一人が走っているのが確認できた。
今にも、崖下へ援護に向かいそうだ。
自分が自覚するよりも早く、体はその兵士へ動く。
そして少し遅れて脳が認識する。もう1人いたのだ、と。
見張りか何かで1人は、残る2人とは別行動していたのだ。
向こうもこちらに気づいた。
相手の男は既に剣を抜いているが、やはり動きが硬く、スキが多い。
これならばこちらは剣を抜く必要すら無いか、と思っているあいだに大分距離が縮まってきたので、神経を集中させる。
大声を上げ走りながら剣を降ってくる。
殺し合いとは、声を上げてどうにかなるものではない。
左へ避ける。風圧が顔に来る。剣の振りが雑な証拠だ。
もう一度、声を上げて振りかぶってくるので、素早く踏みこみ、敵の手首をつかんで捻る。ミシッと音がして、男はさっきの大声はどうしたのかと思うほど、滑稽なうめき声を上げながら剣を手から離した。

地面に落ちたその重くて扱いにくそうな剣を掴み取り、膝まづいて呻いてる男を蹴倒して首へ剣を添える。
念のため、情報を聞いておく。
「どこから、あの商人に雇われた?」
汗だくの男は、間髪を入れずに、
「モダンビークで雇われた、命だけは助けてくれ」
と必死に言う。
またこのタイプか。
心の中でため息をつく。
死の境地に立つと容易に相手に情報を与え、自分の命ことしか考えない。
最も護衛に存在してはいけない人材である。
そもそも、自分が勝負に負けた瞬間に命乞いをするのは、本気で命をかけてない証拠なのだ。
モダンビークか...結構遠いな...。
剣を素早く男の首元で振る。
鮮やかな血を流しながら、男は生き物から肉塊へと変わっていった。

後ろに人の気配がした。
姿勢を低く保ちながら、前に飛ぶ。
ティズだった。
「そんなおっかない殺気出すんじゃねえよ...あそこが縮んだじゃねえか」
「前にも言ったろ。俺の背後に近づくなよ。あと少し近かったら斬ってたぞ」
ティズは、
「あいあい。わかった、わかったよ。次からは気を付けるから。てゆーか、もう一人いたんだ」
とニヤケながらこっちを見てくる。
「崖上に、別行動の見張り役がいたんだよ」
あごで、さきほどの肉塊を指す。
「おぉー、あぶないあぶない」
ティズは、手を頭の後ろで組みながら、さらに付け加える。
「じゃあ、お互い別行動でよかったじゃん。挟まれたらやばかったしさぁ」
なぜこんな世の中はこんなに理不尽なんだろうか。
結局は論理的思考より猿的思考の方が勝るのか。
「たしかに、いい判断だったよ。あいつらには負けないとしても2人で攻めてたら危険性が上がったのは間違いない」
とわざとらしく褒めて返す。
ティズはうんうん頷いて、笑っている。
もし、こいつが今日知り合いになったばかりだったら、今すぐに斬ってやるのにと思いながら、ぽつんと残された牛の方へ向かった。

牛の周りには、頭がスイカ割りされた遺体と、右肩から胸まで裂かれた生々しい傷が見えている遺体が横たわっていた。
護衛兵士のふたりだろう。
商人はというと、これもティズによって首筋を綺麗に斬られて、地面に突っ伏していた。
肝心な荷物の中を見るのと、食料、装飾品、衣類など、盛り沢山だ。
牛は、そのまま持っていけないので、近くの木に縄で括りつけて、後でまた取りに来ることにした。
もちろん、牛もバラして食料にする。
この先1週間は、今日の調達で生きていけそうだ。

俺らは山賊だ。
山賊は、言うまでもなく、山の中で狩りをして生活する。
たとえそれが、人であっても。

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