第9話 初めてのお出かけは秋風の中 それは良かったんだけど…
ワニとのダンスが終わったお母さんはボクのところに来てこう言った。
また何かもらえるかと思って、ボクの体は勝手にクルクル回り出す。
「ポッキーちゃん。ちょっとママとお散歩に行ってこようか?」
ボク:え、今何って言ったの?
お母さんに何を言われたのかわからなくて、ボクは回るのを止めて首をかしげた。
そしたらお母さんは、ボクの前足を二つとも持って持ち上げて、ボクをタッチの姿勢にした。
そしてしゃがんだ自分の顔に、ボクの鼻先を近づけてボクを見る。
ドアップのお母さんの顔にびっくりしてボクは顔をそむける。
せっかくなんだけど、こういうのボク、苦手なんだよね。
お母さんはそんなボクに構わず、タッチさせたままこんな歌を歌うんだ。
♬ボクはポッキー子犬だよ
大好きなのは、お散歩!
♬ボクはポッキー子犬だよ
大好きなのはおやつ!
♬ボクはポッキー子犬だよ
大好きなのはママ!
ボクは意味が分からないから黙って聞いてた。
「ポッキー」というボクの名前が出てくるから、どうやらボクのことを言ってるのだと思うよ。
それに最後に出てきた言葉は確かに前にも聞いたことのある言葉。
「ママ」
お母さんは、持ち上げていたボクの両前足を下ろし、すぐに手を持ち替えてボクを抱っこした。
これからどうするのかな。
「お散歩」っていう言葉。
「ママ」っていう言葉。
ボクは抱っこされながらその二つの言葉をアタマの中で繰り返してた。
お母さんはボクを抱っこしたまま靴を履いて外に出た。
もう一つのドアの前に立ってボクらは扉が開くのを待った。
まもなく扉が開いて、ボクはお母さんに抱っこされたままそこに入った。
その動く床は静かに下へと動き出した。
ボクは耳をレーダーのように前や後ろに動かして警戒するのを怠らない。
ここはボクとお母さんだけで他に誰もいないけど、何があるかわからないからね。
あれ?前にこれに乗った時は気が付かなかったけど、目の前にボクがいる。
これボクだよね。
ボクを抱っこしたお母さんもいる。
二人は向こう側の自分たちを見つめる。
それを見てお母さんの口角が少し上がる。
おとなしくしているボクの体を静かにトントンした。
すると、床は静かに止まった。
そのタイミングでお母さんは後ろに向きを変えた。
扉がひとりでに開いて、ボクらは外に出た。
11月の午前中の空気は少し冷たいけど、日が照っていて心地よい風が吹いている。
ボクのダブルコートの黒い毛先が秋風に踊る。
風はボクの濡れた鼻にいろいろな臭いを運んできたよ。
木の匂い
草の匂い
人の匂い
犬の匂い
ボクは鼻をフル活動させて自分の状況を確認する。
ボクらの嗅覚は人間にとっての視覚と同じぐらい大切な感覚なんだ。
知らないところにきたら、ちゃんと匂いを確認しないと安心できないんだよね。
外に出るのは久しぶりっていうか、始めてかも。
今までだって外に出たことはあるけど、いつも移動の時だから景色を眺める余裕はなかったな。
それより、これからどこに行くのかが気になって仕方がなかったから。
今は、安心して景色が見られる。
お母さんはボクをどこに連れていくつもりだろう。
時々、ボクの前足を握手みたいに握って揺すってくる。
ボクが初めて外出するのを怖がってるんじゃないかと思ってくれてるのかも。
大丈夫だよっていうつもりらしいけど、でもボク、肉球を触られるのは嫌いなんだよねぇ。
触られるたびにボクは前足をひっこめるのだけれど、やめてくれないんだ。
触る、引っ込める
触る、引っ込める
それを延々と繰り返した。
もー。ホントにイヤなんだから止めてほしい!
しばらく歩くと広いところに着いた。
よく見ると、小さい子たちがいたよ。
ボクが前にいた、ペットショップにもこんな子がたくさん来てたっけ。
こっちでは、パパとボール投げをしてる子
あっちでは、座ってサラサラした土を入れ物に入れてる子。
大きな声で泣いてる子もいる。
きっと、おもちゃを買ってもらえなかったんだな。
ペットショップの店員さんが、
「人間の子が泣くのはおもちゃを買ってもらえない時だよ」と教えてくれたもん。
お母さんは、子どもたちの遊びの邪魔にならない場所にボクを連れて行った。
そうして、ボクを地面に下ろした。
ボクは、肉球から伝わってくる、今まで味わったことのない感覚に戸惑った。
お母さんは少し離れてボクを呼ぶ。
「ポッキー、おいで」
と、言われてもねぇ。
今まで味わったことのない初めての感覚にボクは足を動かすことができない。
これまでペットショップのコンクリートの感触しか知らなかったから。
お母さんが両手を広げて再びボクを呼ぶ。
「ポッキ―。ママのところにおいで」
「ママ」っていうのは、お母さんのことらしい。
それは何となくわかったけど。
「ママ」っていう言葉がボクの頭をグルグル回ってるけど。
肉球の感覚が気持ち悪くて一歩も動けないんだよね。
ボクは、どうしてよいかわからないことを気づかれないようにちょっとママに笑ってみせた。
でも、ボクの気持ちとはウラハラにしっぽが垂れちゃったから、わかっちゃったかも・・・。
今日も最後まで読んで頂きありがとうございます。
また次回、お会いできるのを楽しみにしております。