無防備と性別

こんなに無防備になることってあるんだ、と自分でも驚いた。

脱毛サロンに通っていて、もうしばらく経つ。
慣れすぎてしまったからなのか、はたまた寝不足だったからなのか。

裸という、まさしく無防備の状態であるにもかかわらず、何度か眠りかけた。というか、多分一瞬寝てた。

すごいな自分。あんだけ人のこと警戒しまくって、外でなんか眠れなかったのに。
よりにもよって、こんな状態で寝ることある?
美容室で寝てしまうとか、マッサージサロンで寝てしまうのとはわけが違う気がする。
もっともっと無防備だし、別に心地よいことをされているわけではないのに。
むしろ、冷たかったり熱かったり、なんなら痛かったりするのに。

慣れって怖い。
サロンの方を信頼しすぎていやしないか?
もちろん、なにかしてくるわけないんだけど、万が一のことがあったら、わたしはなにも抵抗せずにそのままされるがままだろう。
善良な人でよかったね。


とかなんとか書いててふと思ったけど、別に服を着てようが着てまいが、場合によっては「無防備」度合い関係ない気がしてきた。
でも、何も身にまとっていないというのは、心理的な不安が大きすぎる。
もちろん恥とかそういうのもあるし、基本的に一糸まとわぬ姿など、人に見られたくない。

あとは、性別的にも圧倒的に不利だ。
わたしはわたしでしかないけど、他者から見れば「女」なわけで。
そのくくりよりまず先に、同じ「人」として見てほしいと思ってしまう傲慢さが常にわたしを悩ませている。
それでいろんなことが拗れたこともある。
性別なんて、男女だけでもないし、二項対立でもないのに。
だけど、わたしは「女」として見られるのを忌避し、その時点でそういう目で見てきた「男」と距離を置いてしまう。
大丈夫な男の人は、稀。
「人」として好きになり、仲良くなれそうとこちらがいくら思っても、「女」として意識されたら、基本的には終わり。

「女」としての自分が嫌いというわけではない。ただ、ひとくくりに性的な目で見られるのがとても苦手だ。
だから、「人として見てほしい」という願いを持っているくせに、ときに誰よりも「同性か異性か」を意識しまくり、決して距離が縮まらないよう振る舞いを気をつけるという、なんとも矛盾した皮肉っぽい言動をとってしまう。

これもいつかは慣れるのか。
それとも、「結婚」という武器を持つしかないのか。
「男」と「女」で論じるのを嫌うくせに、本当は誰よりも「男」と「女」に支配されているのかもしれない。
でも、そんなふうにさせた「男」共を、わたしは許しはしないし忘れない。
「男嫌い」というわけではないけど、「男性恐怖症」に陥れた過去の経験は、確実にいまのわたしを形づくっている。
それをなくすことはできないから、せめていまは、多少大袈裟に警戒することを許してほしい。
これ以上、嫌いになりたくないし、いつかは心の底から許せる人と仲良くなりたいというのが本音だから。

でも見つかんのかな、そんな人。

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