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「極悪女王」の話をほとんどしない、プロレスの話。

猪木さんが亡くなって、2年が経ちました。

猪木でも、死ぬのだ。あの、アントニオ猪木でも。訃報を聞いたときは、そう思いました。

アントニオ猪木が何をしてどう生きてきた人なのかについては、その解説が必要な人はこれを読んでいないだろうと考えられますので、そのあたりは省略します。

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自分でも、猪木信者だと思います。頭のてっぺんから爪先まで、プロレスラーというものの強さと凄みを演出する表現力。業界の枠を超え、自信の魅力を世間一般に届ける仕掛けの数々。

彼が全盛期だった頃、私は産まれるか産まれないかの時期だったけれど、それでも一番凄いプロレスラーは誰かと聞かれれば、猪木さんと答えると思います。一番好きだったのは武藤だけど。

自分の記憶と歴史を照合すると、83〜84年頃から、なんとなくではありますが、プロレスというものを観ていたようです。

温度差はあるけど、40年も観てるのか。

小さな頃は、新日とか全日とか女子プロとかよく分からなかったけれど、めちゃくちゃ面白いやんと思いながら純粋に楽しんでいた記憶があります。
なぜか会場で藤波辰爾に抱っこされたこととか。

後述する「極悪女王」のモデルである、ダンプ松本率いる極悪同盟とクラッシュギャルズの抗争も、かすかに覚えてる。そのダンプ松本の、たこ焼きラーメンのCMとかも。

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俗な「プロレスの楽しみ方」が分かってきてから以降では、誠心会館との抗争(92年頃)、Uインターとの抗争(95年頃)と、小川事変の年(99年頃)の前後が特に面白かったかなぁ。

何が起こるかわからなかったし、何を見せてくれるかわからなかったし、実際、小川直也のアレは、ちょっとプロレスとしての一線を超えていた。

ただし、予定調和のエンタテイメント・ショー(悪口ではない)であるプロレスというジャンルにあって、ファンに対してマジなヤツ(要するに、ガチンコ。)を期待させること、またはそれをチラつかせることをウリにするのは、芸という観点からすれば、間違いなく邪道だったとは思います。

仮に、本番ができるアイドルのコンサート、なんてものがあったら、コンサートという芸なんて、もう芸として死んでるじゃないですか。

例、下手過ぎかよ。

まあ、批判的な言い方をするなら、猪木さんのやり方は、プロレスがエンタメであり続けるための自転車操業とでもいうか。

刺激的ではあったけど、ファンはそれに耐性ができてくるし、本来大切しなきゃいけない芸の部分の評価を曖昧に、そしておろそかにしたせいで、本来のプロレスはどんどん陳腐なものになり、さらには格闘技の台頭もあって、00年代から10年代初頭までの新日本プロレスは、地獄のような時代を迎えることになります。

風俗案内所にタダでチケットが置いてあったりとか。本当かどうかは知らんけど。

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最近、「極悪女王」が話題になっています。

上述のとおり、当時のことをぎりぎり知っている私には、「当時の女子プロレスを、ちゃんと描こう。」という演者や制作側の意地と気概が、十分以上に伝わりました。

ネタバレ的なこと、というか、印象的なことを書くなら、「女子プロレス、というものに対する妙に生々しい扱い方とかね。そこを描くのか、って思いました。」っていう感じ。

松永兄弟関連ね。

簡単な評価をするなら、当時を知るプロレスファンなら、まあ見ておけよ、というくらいです。むろん、後付の知識であっても可。

プロレスに興味がない、80年代という時代を生きてない、知らない、興味もない、という人にとって面白いものかどうかはわかりません。

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他方、この作品に関し、大御所プロレスラーから、「プロレスにブックなんて言葉はない。」という反応がありました。

正直、「そういうのは、もういいんじゃないの。」と思いました。

大変失礼ながら。

だって、今のプロレスは凄いから。

大半のプロレスラーたちは、プロレスがショーであることと、そのプロレスのエンタテイメント性のレベルの高さに誇りを持っているだろうし、実際、その担い手としての彼らは素晴らしい。

むしろ誇れない者が仮にいるのなら、もっと胸を張れよといってやりたいくらい。

昔、「東スポのスポーツ大賞の表彰の場に、なんでプロレスラーの自分がいるんだろう?」と語ったプロレスラーがいました。

まぁ、スポーツってのも確かになんか違うんですけどね。

ただ、スポーツがショーの上位概念にあるだなんてと思ったことは個人的には一度もないし、実際にそんなこともない。

むかつくことを思い出しましたが、なんかこう本当に、妙にスポーツとか、アスリート性を尊ぶ風潮、ありますよね。

野球なんかスポーツじゃない、とか。

面白いか面白くないかに比べたら、それがスポーツであるか否かだなんて、うんこほどの価値もない話だと思います。
どうでもいいです。甚だ。

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今の若い人、というか私より下の世代の人で、「プロレスは八百長だから嫌い。」という者はまずいないでしょう(嫌いな理由があるとすれば、それは他の理由だろうということ。)。

ショーであってもあそこまでするから素晴らしい。筋書きのあるドラマだからこそ面白い。

世間の認識は、ようやくここまで来ました。

プロレスというジャンルが内包し続けてきた、八百長・いかがわしい、といった後ろ暗さを払拭するのは、本当に大変だったと思います。

15年かけて成功した、ヤオガチロンダリング。

さはさりながら、今の健全すぎるプロレスは、エンタテイメントとしてかくあるべき姿だと思うのだけれど、あくまで個人的には、半端なく胡乱で悪い意味で殺伐としててみんな鬱屈としてて時には失笑モノで、あちこち闇だらけでドス黒い猪木政権下のプロレスも恋しいな、って思いもある。

たとえば他団体との抗争における勝敗の力学というか、ブラックボックスの中をあれこれ詮索するのが一番の楽しみだった時代も、そんなの、エンタテイメントとしての完成度は下の下ではあるけれど、それはそれで、すごく楽しかった。

チープな味付けの場末の見世物小屋みたいなプロレスは、もう帰ってこないのです。良くも悪くも。

あの世の猪木さん(たぶん天国には行けていない。)は、どう思っているかなぁ。

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