お砂糖相手の三島くん
「ねぇ。僕たちってどうなるの」
三角座りの態勢で、三島は聞いた。ラグジュアリーなホテルルームは安っぽく、絵にかいたような高級感に溢れていた。
「そうだね。何にもならないんじゃないかな」
僕はそう言って、ベッドに倒れこむ。
「好きじゃないの? 僕の事」
「好き。本名。教えちゃうくらいには」
僕はごろりと寝返りをうつ。頭に付けた大きな機械のせいで、耳元が少し痛かった。僕はつけっぱなしだった眼鏡を外して、機械をつけなおす。ディスプレイの向こうで彼の姿がはっきりと見えていた。
「あのさぁ綾香さん。オフ会とか、してみようよ」
「するわけないじゃん」
「なんで」
「嫌だから」
「嫌だからって」
「おしまい。この話やめ。一緒に寝よ」
「……うん」
僕は彼を抱き寄せた。抱き枕の匂いは彼と同じ匂いがする──はずだ。6畳間の部屋に、小さなモーター音が響いている。赤外線が飛び交う箱の中で、僕は彼の体温があることを、本気で信じていた。
◆
夢の中で、歩道橋でたたずんでいる君をみた。
夏の空気は熱でゆだって視界をぼやかしている。揺れた空気越しに見る君はまるで、蜃気楼のようだった。
◆
アスファルトが灼熱に照らされて、今にも溶け出しそうだった。酷く熱い。休日の秋葉原は人でごった返していて、熱がこもっているような気がする。夕方だというのに気温は下がることはなく、ヒートアイランドの中で、僕は三島を待っていた。
「綾香さん、で大丈夫?」
「大丈夫……です」
「綾香さん!!」
彼、いや、彼女が抱き着いてきて、思わず僕は飛び跳ねるように逃げた。三島は、声で分かっていたけれども、女だった。女であることが特別なことではないけれども、僕は、そういうことではない。 三島は線の細い、針金みたいな女だった。丸ぶち眼鏡が妙に似合っている。小さい背丈の、子供みたいな雰囲気だった。
「何。あっちじゃよくやってるじゃん」
「そういうことじゃないだろ」
「何、今更恥ずかしがってるの。あんなことやこんなこと──」
「やめろって」
僕は彼女をおいて、秋ハブに向かって歩きだす。いたずらっぽく笑う彼の顔は、妙に愛らしかった。
「あっちゃったねぇ」
「あっちゃったなあ」
僕はビールを飲み、エビのから揚げをつまんで、ため息をついた。
「で、どうする。本気で付き合っちゃう」
「いいの」
「僕はいいよ」
「そっかぁ」
僕は眼鏡を取った。曇っているような気がして、クロスで吹き上げた。顔を上げると、彼女の姿だけがはっきりと、僕の目の前に移っていた。
「そうだね。これからもよろしく」
僕は小さな声で言った。彼女も、こちらこそといって、少し照れ臭そうだった。僕はそういうことにしておこうと思って、ビールをぐいと飲んだ。体が熱いのはきっと、アルコールのせいだろう。
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