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20230710 松本市 #風景誤読
▼前日のふたりあるき
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8時半くらいに部屋を出て、大成堂書店のまえを通りがかると、この時間から既に店を開けているようだった。なかを覗けば典型的な「まちの本屋さん」なので、漫画や小説の棚を通り過ぎて、いつものように地域出版の本を探していく。2列ほどのちいさな郷土コーナーがある。松本についての本は数冊しかなかったが、そのなかから『松本さんぽ』というシンプルな本を手にとってレジのおばあさんに声をかけた。すると、白髪のおばあさんは「うーん…」と唸ったのちに「こっちのほうが良いかもしれないよ」とレジの机に置いてあった本を指さした。
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松本を楽しむ会編集委員会(編)、2022年6版発行
「(『松本さんぽ』と)同じところが出しているんだけど。こっちは、ほら、2022年に再版されて、内容も新しいから」
『松本さんぽ』は2010年発行と書いてある。その古さと薄さに惹かれていたので、すこし迷った。でも、ほんとうのところはどっちでも良いという気がした。そんなことよりも、本屋で欲しい本をレジに持っていったら「こっちにしたら?」と別の本をレコメンドされるということに興奮していた。いきなり侵入されてしまう面白さ、そして、あっさりとその侵入を受け入れることの面白さ。
「そっちのほうが内容も充実してそうですし、じゃあ、それください」
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「このお店は結構長いんですか」
「たしか…(ノートを捲りながら)はじまったのは明治40年頃です」
「じゃあ、100年以上…。ずっとこの場所ですか」
「そう」
「それだけ長いと、このあたりの町並も変わって…」
「そうですねぇ。いまはすっかり新しくなっちゃったね。どんどん変わってくよ」
「私は仙台から来たんですが、仙台はとにかく日々至るところで古い建物が立て壊されて新しくマンションや駐車場ができて、目まぐるしく変化しています。今回北深志を歩いてみて(まだ2日ですが)これだけ古い建物が残っているのはすごいな、というより、どうしてだろう、と思っていたのですが、地元の方の目線ではそんなこともないのでしょうか」
「昔からあった店はどんどん閉まっているよ。そうですか、あなた、仙台から来たの。遠いところから…」
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ゴミ捨て場と化している?
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呪詛のように同じような内容が繰り返し書きつけられている。
だが、「はなはなしい(はなはだしい)」「レタラメ(デタラメ)」等の書き間違いがチャーミングで、意外とそこまで怖くはない。ビックリマークが上下逆になっているのはちょっと怖い。
・公民館は昭和25年に建てしっかり作って有ります。いけない所を修理して充分使用出来ます。
・北隣りの家とくっついています(修正液による白塗部)北隣りの家は明治44年に建て充分使用可能で今までもいけない所は修理して生活しています。
・駐車場などトラブル、事故の元です
・別館は昭和25年にトロッコで動かしましたそれも修理して倉庫として充分使用出来ます
・絶対に壊す事はしてはいけません。
・安原町の昔の人達が苦労して作った物です絶対に守っていくべき建物です。
・北隣の家とくっついています本当に迷惑もはなはなしいではありませんか
・アンケートはレタラメです
・うわついた考えでは駄目です
・北隣の家 今の家で充分生活しています
壊すのではなく再生して
活用して
いたんでいる所を修理するそれでいいのです
・安原の公民館はきちんと作って有ります耐震に強くする筋交い入れればいいのですきちんと工事すればいいのです
・今の建物を守り皆んなが安心して暮すそれが最も幸せな事であります。皆様よろしく
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松本のまちを歩いていると、あちらこちらで井戸に出会う。川や水路に出会う。
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城下町復元地図を片手に上土町の案内板を読んでいると、この辺りに住んでいると思われる女性がささっとやって来て、空のペットボトルに井戸水を入れ始める。向こうから歩いてきたおじいさんも水筒を片手に持って、後ろに並ぶ。
あちぃなぁ、と僕に声をかける。今日は32度くらいまで上がるみたいですね、と答えると、今日はまだ風があるから良いけども、熱中症にならないようにな、と笑う。おじいさんも。どうか、お気をつけて。
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地元のひとがペットボトルや水筒片手に続々とやって来る
まちの地下水という財産を共有して、各々が好きなタイミングで汲みに行く。それがあたりまえの風景になっている。そして、たまたま同じタイミングで汲みに来たひとと、ひとやすみしながら少しだけ話をする。
ぼくのような何の目的もなくそこにいる旅人も、そのあたりまえの風景にいつの間にか混ざってしまう。
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「映画館」の表示がおおい
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総堀近くの東馬出を作ったときに掘った土をここに盛り上げたという。
「上土町」という旧町名の由来にもなっている
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街中に「紙垂(しで)」が飾られていて、風が吹くと音をたてて揺れる。
祭りが近いらしい
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ワンポイントとか言いながらフォーティーンポインツあるアドバイス
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昨日の夜は眠れなくてカーテンが波うち膨らむのを見ていた
衣擦れの音は寝返りのように聴こえて
同居していた誰かの服や化粧品を捨てている瞬間に
川面は静かな光 終わりそうで終わらない花火のかたち
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大橋通から高砂通へと入ってみる。道の脇に水路が走っている。「源智の井戸」隣の蕎麦屋の前で、ベンチに座っているおばあさんが少年と話をしている。どこかで風鈴の音が鳴り響く。
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仙台には昭和初期頃まで「四ツ谷用水」という用水路が市街地内を走っていた。それが人工的に引かれた用水路だと知らない市民も多く、一部は「桜川」と呼ばれていた。源流は広瀬川なので水路には川魚が泳ぎ、フナやウナギが捕れたという(『培根:木町通小学校100年のあゆみ』)。いまはほとんどの水路が閉鎖、もしくは暗渠化され、一部が工業用水として使用されるのみとなった。
それだけではなく、城下町には「柳清水」「玉出清水」などの湧水、井戸、水車も数多く存在していた。かつては、仙台市民の生活のそばにも水辺があった。
様々な理由があって、現在は水路も湧水も井戸もほとんど存在しない。それは仕方ないし、どうでも良いのだが、文献を読んだり写真を見たり誰かの話を聞いたりして調べていても、「まちなかに水が流れている風景」をイメージすることはやはり難しかった。
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松本を歩いてみて、もしかしたら、仙台もかつてはこんな感じだったのだろうか、とふと思った。途端に、具体的な風景としてイメージが拡がっていく。例えば、さっき井戸のそばで少年に話しかけていたおばあさんは仙台のどこかの街角にも(例えば木町通や宮町あたりにも)居たのではないか。ぼくはいま、木町通や宮町のむかし、そこにあったはずの風景にすれ違っているのではないか。
もちろん、同じ城下町とは言えど、安易に仙台と松本のイメージを重ねるのは良いことではない。想像のなかの仙台はどうしても、実際の仙台からは多かれ少なかれかけ離れてしまうだろう。しかし、こんな風に歩きながら風景を大胆に誤読すること、誤読しながらそのまちのことや誰かの生活を勝手に想像してしまうことが、ぼくにはいま一番おもしろい。
仙台においては既になくなってしまったものを、松本のまちに夢見ているのではない。そんなつまらないユートピアニズムを言っているのではない。ただ、ぼくが松本のまちに走る水路の脇を歩いたその束の間、とおく仙台のまちにも再び水路が走ったのだ。
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高砂通にある「アガタ書房」に入って棚を見ていると『松本の本』という雑誌が目に入った。表紙には、本と街を楽しむ雑誌、第3号、2022年版と書いてある。目次、奥付を順に確認し、パラパラとページをめくる。
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まつもと一箱古本市実行委員会(編)、2022年初版
すごすぎる。
ぼくがちょうど知りたかった郷土出版についての記事もあれば、浅間温泉の(観光志向ではない真面目な)特集もあり、後半にはジャングルジムやマンホールを蒐集するマニアックな街歩き記事もある。そして、いわゆるZINEにしては、ひとつひとつの記述が厚い。こういう本を探していた。
何よりも編集長である想雲堂店主・渡辺宏さんの人脈と編集センス、片手間にしてはやりすぎなライティング熱に感激する(第3号では1人で9本もの原稿を書いている)。この本が、というよりこのパワフルな制作が地元の本屋さん主導で、現在進行形で展開されていることに胸を打たれた。
もう一冊べつの古本と一緒にレジに持っていく。
「すみません、この雑誌のバックナンバーってありますか?」
「創刊号は品切だけど、第2号はまだあると思いますよ。これは想雲堂という本屋が出してるんだけど、ホテル花月のあたりの…」
「想雲堂さん、さっき寄ってきたんですが、今日定休日みたいで」
「ああ、月曜日は定休日か。今度行ってみてください。たぶんあると思う」
「そうですか。実は仙台から来ていて、これから帰らなければならないのですが、来月も松本に来る予定がありますのでそのときに行ってみようと思います」
「あ、だったら、駅の近くに丸善があるから、行ってみてください。そこにはあるんじゃないかな」
「わかりました。行ってみます。親切にどうもありがとうございました」
アガタ書房店主の言っていたとおり、丸善松本店には『松本の本 第2号』が置いてあった。すぐ近くにあった市橋織江さんの『サマーアフターサマー』(玄光社)という写真集と一緒に購入する。
松本城にも上高地にも美ケ原高原にも乗鞍高原にも浅虫温泉にも行かなかった。松本のなんでもない住宅地と商店街をあるいて、松本の書店に行って話を聞きながら、松本についての本を買っただけ。それで良いのだが、せめて蕎麦だけは食べるか…と思い立つ。
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少し早いが、散歩を切り上げて高尾に帰る。12:32の篠ノ井線普通小淵沢行に乗るため、松本駅に向かう。
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おおきく、ゆっくりとふみはずす。意図していたのかいなかったのか、選んだのか選ばされたのかもうわからない、もうどうでも良い、ただ道を外れていく。ふみはずしながら、どこかを歩いている。誰かに出会う。知っていたはずのひとのことがわからなくなる。何を言葉にすれば良いのか、ほんとうはなにを思っているのか。たぶん、ゆっくりとふみはずすように、ぼくは些細ななにかをつくっている。この文章を書いている。
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[たかしな]