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【3分で読める】「Mountain Top/ELLEGARDEN」を聴いて小説のワンシーンを想像した。【歌詞解釈】
作業をするために入れたコーヒーはもうすっかり冷めきっていて、飲む気にならない。描こうと意気込んでいたその意気込みと同様に、ゆるやかにエネルギーを失っていってしまったようである。
背伸びをすると、同時にぶるっと机の端に置いてあった端末が震える。俺はそれに手を伸ばした。
集中力が切れた時、俺はスマホを触る癖がある。見たいものがある訳でもないのに、なんとなく触れてしまう。気づかないうちに俺も「スマホ中毒者」になってしまったようである。自分に嫌気が差すけれど、それでもやめられないのが中毒の恐ろしいところだ。
Instagramを開くと、通知欄に「いいね」の数が表示されている。ルーティンワークのようにアプリを開いて、画面上をスワイプさせる。そしてそこに並んだ名前をぼんやりと眺めた。
「めちゃくちゃ好み…この人のイラスト大好き」
「センスが最高です」
そういった言葉がじんわりと心に染み渡っていく。承認欲求が満たされていく感覚は、ぬるいお湯に浸かる心地よさに似ていると思う。「誰かに求められているんだ」という安心感と、「イラストレーターとして生きて良い」と誰かに許しを貰うような、そんな感覚。
イラストレーターとしてまだまだ未熟者ではあるけれど、最近はそれなりに食えるようになったと感じている。絵を描くために昼飯を抜いていたような四年前とは違って、休憩を取れるくらいの余裕もある。一枚のイラストを仕上げる時間も短縮されて、今では以前の二倍くらいのペースで仕上げることが出来る。
投稿すればそれなりの数のリアクションが付くようになった。フォロワー数も徐々に増え続けていて、それがきっかけで仕事に繋がることも増えた。
きっとこのまま活動を続けていれば、生活に困るようなこともなくなるのだろう。少しずつそう思い始めていた頃合いだった。
そんななか。
とあるコメントでスクロールする指が止まる。
「原作よりも可愛いかもしれん」
SNSで投稿するためのイラストのほとんどは、既存作品のキャラクターを元にしている。いわゆる二次創作と呼ばれるものである。特定の作品を各々のクリエイターが解釈し、全く別の作品としてアウトプットするというこの文化は、いつしかSNSでは当たり前のものとして受け入れられるようになった。
二次創作を生業としている絵描きにとって、「原作よりも可愛い」というコメントはこれ以上ない最高の褒め言葉。本来、そのはずなのだ。
しかし、何なのだろう。
このむず痒い感じ。
二次創作によって評価を受けることに対する葛藤は、もう自分のなかで決着をつけたはずだった。それによって誰かが喜んでくれるなら、それは決して悪いことではない。何より生活の為だと思えば、簡単に割り切ることが出来た。
誰かが懸命につくりあげた船に密かに潜り込むことの罪悪感。
敷かれたレールを辿ることの虚無感。
どの表現も、今の俺の気分にはいまいち当てはまらない。
なら、何が気に入らないのだろう。贅沢な悩みなのはわかっている。
でも、最近は何かが満ち足りないという感覚が常に付き纏っている。
Instagramで自分の投稿を遡ってみる。かつてオリジナルキャラクターばかり投稿していた頃のイラストが映し出される。SNSにも慣れていないし、当然ほとんど誰からも見られなかった作品。
この頃はどんなことを考えながら、絵を描いていたっけ。
少なくとも将来のことなんて全く考えてなかったろうな、と軽く苦笑する。考えていたならば、きっと苦労することはなかっただろう。
じゃあ、何のために描き続けたのだろう。
そもそもどうしてイラストを描き始めたんだっけ。
稼ぎにもならないのに。
フォロワーが増える訳でもないのに。
何のために?
何故?
どうして?
あぁ、そうだ。思い出した。
中学生の頃、両親に連れられた美術館からの帰りに買ってもらったパンフレットを思い出す。表示を飾った絵画があまりにも印象的で、とても気に入っていたのだ。
それをみた瞬間の、稲妻のような感動は未だに忘れられない。全身を貫くような衝撃が、俺の常識をぐらぐらと揺れ動かした。こんな世界があるのか、と。
そういえば、と思い出したように立ち上がって、書斎の棚を探る。沢山の書籍の間に、そのパンフレットが挟み込まれていた。
その表紙はかびてボロボロになっているはずなのに、今でもその輝きは失われていない。
俺は、答えが知りたい。
あの日の衝撃が一体何だったのだろうかと。
「誰かを感動させたい」なんて、大義名分でしかないのだと思う。俺は誰よりも身勝手で欲張りで、自分のことが大好きなのだ。
知りたい。
絵を描く意味を、知りたい。
自分の力を、試したい。
俺のなかを渦巻く数々の欲求が、沸々と湧き上がっていく。
すっかり冷めきったコーヒーの中身をぐっと一気に飲み干す。それから、ポットの電源を入れてお湯を準備する。焚き火の薪をくべるようにコーヒー豆をカップに入れたら、そのうえから熱湯を加える。
カップからは、また新しい湯気が立ち上った。
〜Fin〜
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