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【3分で読める】「月に吠える/ヨルシカ」を聴いて小説のワンシーンを想像した。【歌詞分析・解釈】
【あらすじ】
24時を過ぎているにも関わらず、店から灯りが漏れている。
遅い時間にも関わらず、酒を酌み交わす庶民達を横目で眺めながら、男は歩調を緩めずに真っ直ぐ歩いていた。
肩で風を切りながら、目的地もなくただただ歩く。
その姿は愚直な猪のようであり、知的な鹿のようであり、華麗な蝶のようでもあった。
日本とは違い、この国では夜の街が大変賑わっている。
24時を過ぎているにも関わらず、商店街の左右どちらをみてもお店から灯りが漏れ出していて、時折酒屋らしき店から盛大な笑い声が聞こえることもあった。
”眠らない街”といえば新宿やラスベガスのようなネオン街を想像するが、どうやらそれらとは様子が異なる。昼と夜の境目が不明確、という表現が正しいかもしれない。
喫茶店や映画館、服屋までもが営業を続けているので、昼と夜の様子がほとんど変わりないのである。唯一異なるのは、空に浮かぶのが太陽か月か、という点のみである。
私はこの商店街が好きだった。
昨年に旅行でこの国を訪れた際、この光景にひどく惚れ込んでしまった俺は、旅行の翌月には仕事をやめてこの土地に移住を決めた。決して仕事に不満があったわけでもないが、人生で一度くらいは思い切りのある決断をしてみたかったのだ。
今思えばあまりにも早計すぎたと感じているし、もっと考える時間が必要だったのだと思う。楽観的な自分の性格は嫌いではないが、この時ばかりは慎重に判断すべきだった。
なんとか住まいを確保することが出来たものの、トラブルが相次いだ。事前にインストールしていた翻訳アプリだが、ネット回線があまりにも貧弱だったので、全く役に立たない。仕方がないのでガイドブックに記載されている言葉を話してみるが、ほとんど通じず、到着してから三日もの間食事をとることが出来なかった。
言語の壁というものはあまりにも大きい。誰とも会話ができない孤独感に、毎晩押しつぶされそうになる。旅行の時は通訳の人が常についてくれていたが、今は俺たった一人なのだ。
日銭を稼ぐ仕事はあらかじめ準備していたし(会話が必要ない、体を動かす楽な仕事である)最低限の暮らしは保証されていると言ってもいい。しかし、それは大した問題ではない。
人間は誰かに必要とされなければ、生きていけない生物なのだ。
皆が自分を見る目が、まるでアイスピックのように、心に鋭く突き刺さる。全員が俺をみて、笑われているような心地がするので、彼らの顔をみないように常に下を向いて歩き続ける。
だから、暗くて朧げな夜は少しだけ肩身が広い感じがした。
堂々と道を歩いていても、誰にも咎められない。
一日のうち、唯一生きている実感を感じられる時間である。
歩みを進める先には、丸くて黄色い月があった。
月明かりは俺の背後に細長い影をつくる。
今にも消えてしまいそうな影。しかし確かにそれは、俺の足元から伸びているようだ。
寒さを感じる季節にはまだ早すぎるが、それでも俺は温かいスープが飲みたいと思った。芯まで凍え切った身体を、休めたいと思った。
民奈涼介
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