【3分で読める】「Habit/SEKAI NO OWARI」を聴いて小説のワンシーンを想像した。【歌詞解釈】
「このクラスには、泥棒がいます!」
そんな突拍子のない一言が教室に響き渡った。それまで静かにお昼の給食を食べていたクラスメイトの全員が手を止めて、声の主の方を振り返った。
声を上げたのは、このクラスの学級委員長だった。彼女はこの3年B組のまとめ役で、成績がよく、先生からも評判が良い。部活に所属していないにも関わらず、陸上部のエースとタイマンをはれるほどの運動神経を持ち合わせている。まさに”文武両道”を体現したような生徒である。
「ちょっと、急に何?何が盗まれたって言うのよ」
「さっきまでここに置いてあった、アルフォートの苺味がなくなったの」
「アルフォート…?お菓子の話?」
ポカンとした表情を浮かべながら委員長の話を聞いていたのは、飯塚直子だった。彼女は嘘をつくのが苦手で、思ったことがそのまま表情に出るようなタイプである。今の彼女の表情は、クラスメイト全員の心境を代弁してくれているようだった。
「そんなことでわざわざ大声を出したの?私ビックリして心臓飛び出るかと思ったんですけど」
「そんなこと?何よそれ。まさか、たかがお菓子、なんて思ってないでしょうね?これは立派な窃盗事件よ?」
変わらず大声で委員長が話を進めるものだから、我々も黙って話を聞いていることしかできない。箸を動かしておかずを食べ続けようとするものなら、彼女の怒りに巻き込まれかねない勢いだった。
「気づかないうちに食べちゃったんじゃないのー?」
間延びした声で会話に割り込んだのは、板垣美里。天然な彼女は、良い意味でも悪い意味でも空気が読めない。飯塚とは違った意味で、思ったことをすぐに言葉に出してしまう。人によってはそれを実直で素直と感じるかもしれないが、時と場合によっては、彼女の言葉が重大な事件に発展することは、このクラスの誰もが把握していた。
「そんなはずないでしょう!?誰だって、ついさっき食べたものくらい覚えてるわよ」
「委員長。ごめんね、私のために怒ってくれて。でももう大丈夫。ありがとう、もういいの」
そういって居心地悪そうにペコペコと頭を下げるのは、委員長の隣の席に座っていた舘川美織。舘川は、見ての通り小心者で主張の少ない生徒である。授業中、彼女が自分から手を上げて発言しているところを一度も見たことがない。
どうやら話の流れからすると、盗まれた(?)アルフォートの元々の持ち主は、彼女のようだった。それを知った正義感の強い委員長が、犯人を見つけ出そうと躍起になっているというのが今の状況らしい。
「あのさ、そもそも誰かが盗んだっていう前提がおかしいんじゃないかな。どこかに置いてきたとか、カバンの奥に隠れてたとか、そういう偶然から疑うべきなんじゃないかと思うのだけれど」
理論派の勝俣律子は、メガネに手を当てながら冷静にそう言った。
「それな。ちゃんと探したの?」
「当たり前じゃない。舘川さんのカバンの中身から、洋服から何から、全部丁寧に探したわよ。それでも見つからなかったから、犯人探しをしているんじゃない」
犯人探し、という言葉がより一層空気をピリつかせる。「このクラスに犯人がいる」という懸念というよりも、「自分に白羽の矢が立たないか」という不安によるものだと思う。
「てかこれだけ騒いでも犯人見つからなかったら、どうするつもりなん?疑われたうちら、気分悪いんだけど」
金髪とピアスといういかにも学校嫌いそうなイメージのある西野楓は、機嫌が悪いのだろう、貧乏ゆすりをしながら委員長を睨みつけている。
「給食の時間、終わっちゃうよ。とりあえずこの問題は後で話し合うことにして、今はお昼ご飯を食べようよ」
ご飯大好き小泉さん。目の前のカレーを食べたくて仕方がなさそうである。
「こういうのはどうだろう?うちのクラスって、40人いるでしょう?一人10円ずつ寄付を募って、新しいアルフォートを買う!それなら文句ないっしょ」
おおざっぱな性格の武田さん。あまりこの事件について考えたくないようで、さっさと話題を切り上げようとしている。
「えー、なんで金ださなきゃなんないの?無関係なんだから、私たちが支払う理由はないですしょ」
さらに興味のなさそうな貝坂さん。
「舘川さんが困っているのよ!クラスメイト一人の問題は、私たち全員の問題なの!」
「そしたら、全員のカバンの中身を確認する?」
「そんなことしてたら、授業の始まる時間になっちゃうよ」
「もし誰のカバンからも出て来なかったら、私達嫌な気分になって終わるだけだよね」
「疑われてる以上、誰が犯人なのかハッキリしないと、気分が悪い」
「犯人がいるって断定する根拠は?」
「そりゃあ、別にないけれど」
「私は失くした、って考えた方が現実的だと思うのだけれど…」
「アルフォートの苺味って、あそこのコンビニで売ってたっけ?」
「私ミルクチョコ味しか買わないから、知らない〜」
「期間限定だもんね、苺味」
「あれ、そうだっけ?この時期、苺味のチョコ沢山販売されすぎて、どれがどれだかわかんないや」
「話を逸らさないで!本題に戻ろうよ」
「盗んでまでお菓子を食べたいって…」
「給食当番の人、そろそろ片付け準備しないとやばくね?」
各々が好き勝手に話始めたものだから、収拾がつかない事態になっている。さすがの委員長の大声も、多数の声にはかき消されてしまう。
そして3分ほど時間が経ち、示し合わせたかのように、唐突に静寂が訪れる。皆が意見を出し終えた頃合いだったのか、はたまたこの話題に飽きてしまったのか。
放送委員が選んだ曲だけが、教室に音を与えている。
そんな時。
「中里君はどう思うの?」
「あ、え?僕?」
ドワっと血の巡りが早くなるのを感じた。
「ご、ごめんなさい」
真っ先に謝罪の言葉がこぼれたのは、何も俺が人見知りで、他人と会話するのが苦手だからという訳じゃない。相手が女子だから、声がうわずらないようにと緊張していた訳でも、もちろんない。
「いや、ごめん。急に話を振っちゃって。さっきから何か言いたそうな雰囲気だったから」
「あ、いや、その…」
俺がどもっていると、委員長が助け舟を出すようにして話始めた。
「このクラスに犯人がいるとも限らないし、他のクラスにも議題を共有します。思い当たる節があるなら、早めに私のところへ報告するように。以上!」
「そもそもさ、お菓子ひとつなくなったくらいで騒ぎすぎじゃね?」
「こんなに大事にしたら、先生も迷惑なんじゃ…」
この断罪会議が長引けば長引くほど、口の中の甘さがじんわりと広がっていく。罪悪感の味とは、きっと甘ったるい苺の風味をしているに違いないと思った。