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【3分で読める】「脱法ロック/Neru」を聴いて小説のワンシーンを想像した。【考察と解釈】


ネクタイを首から外して放り投げる。上手くベッドの上に乗らず、思わず舌打ちする。めんどくさいので、わざわざ拾うこともせずそのままにしておく。

くたびれたシャツを洗濯かごに放り込む。汗の染み込んだ襟もとが黒ずんでいることには気付いていたけれど、そんなことよりもさっさとベッドに飛び込みたかった。シャワーを浴びるような体力的な余裕も、もはや残っていない。

ここ最近残業続きで、まともに休息を取れていない。会社の福利厚生でもらえる予定だった有給休暇は、シフトの調整の為に使ったので残っていない。

大学生だった頃の俺は、「社畜」だの「ブラック企業」だのと、冗談めいた口調で話していたものだ。それがいざ当事者になってみると、想像を遥かに上回るキツさがある。

常に眠気がとれない。身体が重くて、動かすのも難儀。
そのくせ飲みすぎたエナジードリンクのせいで、頭だけはよく回る。

「先輩からのダメ出し」「書類の書き方が間違ってた」「スケジュール通りの仕事を」「納期が来月の」「身体が痛い」「明日はゴミ出しで」「来週末の旅行の準備を」「冷蔵庫の中身は」「米を炊かないと」

カフェインによって拡張された脳みそのなかで、まとまりのない考えがひっきりなしに行き来する。こうなって仕舞えば、自分の意思ではもはやどうにもならないのである。


この間の日曜日に買ったヘッドフォンに手を伸ばす。
社会人にもなれば、高級ブランドのイヤホンが買えるようになると思っていたけれど、現実にそんな金銭的な余裕はない。秋葉原のイヤホンショップで購入したVector製の中古ヘッドフォンだ。それでもランチ代の10倍以上の値段がするのだから、決して安い買い物ではなかった。

飯代をケチって買ったヘッドフォン。
Lightningケーブルとの変換プラグを繋いで、スマホのプレイヤーアプリを開く。レコメンドされる楽曲のなかから、とびっきり激しくて、クールな曲を選ぶ。

指が画面から離れるのと同時に、ボーカルが唸り声をあげる。
ストラトキャスターらしい鋭い音。カッティングという技法の名前の通り、弦を引き裂くような激しいストローク。蛇のように地を這うベースのうねり。粒細やかなスネアのハネ。飛び跳ねるようなキーボードの煌めき。

これだから、音楽を聴くのは辞められない。今、ここに自分だけが存在する感覚。圧倒的な全能感は、音楽でしか味わうことができない。

ボリュームボタンを連打する。
イヤホンケーブルを有線マイクのシールドに見立てて、指を絡める。
そして、目を閉じて、歌詞の単語の一つ一つをじっくりと解釈する。

他人が作った曲で悦に浸ることが、恥ずかしいことだなんて理解してる。しかし、そんなことはもう、どうでもいいのだ。

誰がなんといおうと、この瞬間だけは俺が物語の主人公。
他人に入り込める隙など与えるな。
外界との関係を遮断しろ。
今だけは、全てが俺の為にある。
体裁なんて捨て去って。
さぁ。本番はここから。

ゆっくりと目を閉じて、足でリズムをとる。
床一面に散らかった書類は、潰れて破れて、くしゃくしゃになった。


民奈涼介


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たみな涼介 | シナリオライター/アプリエンジニア
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