【3分で読める】「うるうびと/RADWIMPS」を聴いて小説のワンシーンを想像した。【歌詞解釈】
「うるう日に産まれたってことは、まだ五歳だね」
「どういうこと?」
「誕生日、まだ五回しか来てないでしょ?だから、五歳」
そんな冗談を言う彼女。病室の窓から見える紅葉は徐々に枯れ始めていて、風が吹くたびにさめざめと枝を揺らしている。
「うるう年の2月29日に生まれた人は、前日の2月28日が誕生日になるんだよ」
「私だって、それくらい知ってるもん。冗談の通じない男だなぁ、君は」
彼女は、大きく口を開けて欠伸をする。みるみる痩せていく様を見るのは辛かったけれど、こうして間の抜けた表情をされるとやっぱり安心する。パジャマからのぞく腕があまりにも細くて、俺はつい目を背けたくなる。
「どう?最近、学校は楽しい?」
「お母さんみたいなこと言うなよ」
「へへっ、しばらく学校行ってないからな。みっちゃんとかどうしてるかな」
「元気そうにしてるよ。相変わらず」
「私がいなくて、寂しがってるんじゃないかな。昨日も、一昨日も見舞いに来てくれたし」
「三井に限らず、お前のことばっかり話してるよ。皆んな」
「ふぅん」
不自然に間が出来る。
「ほら、この間の体育祭の写真。見たいって言ってたろ?」
スマホの写真フォルダをスクロールして、過去の写真を遡る。自分が写っている写真を見せるのは小っ恥ずかしいので、女子達の集合写真を開いて手渡す。
「あ、何これ、クラスTシャツ?可愛い」
「鈴木がデザインしたってさ」
「センスあるもんね。いいなぁ」
「そういえばこれ…」
クラスメイトから預かってきた彼女の分のクラスTシャツ。寄せ書き代わりに、皆からのメッセージが書かれている。三井や鈴木はもちろん、隣のクラスから、後輩、先輩、先生、校長先生からのコメントで埋め尽くされている。彼女はもとより人望があつく、誰からも信頼されるような生徒だった。
カバンに手を伸ばそうとした時、俺は彼女の異変に気がついた。
「…」
手を止めて、俯く。彼女は口をぎゅっと結び、泣いていた。
こういう時、どんな顔をすればいいのか、わからない。優しく声をかける気遣いも、黙って背中をさすってやる優しさも、持ち合わせていない。ただ、今はこのTシャツを渡すべきではない、ということだけはわかった。
「外、出てようか?」
「いいよ。大丈夫だから」
「いや、でも」
「五歳児のくせに、気を遣わないで」
「うっさいわ」
「でも、いいなぁ」
「何が」
「まだまだ、人生長いじゃん」
俺は、彼女の運命を背負ってあげられない。
彼女の不安も、恐怖も、絶望も、何一つ負担してあげられない。自分ごとのように悲しむことは出来ても、自分の寿命を譲り渡すことは出来ないのである。
自分の無力さを呪いたくなる。
そんな苛立ちすら無意味であるが、心底腹立たしい。
俺は彼女のことが大好きだ。そして多分、それを、皆んな知っている。
三井も鈴木も、他のクラスメイト達もである。だからこうして、クラスの代表として見舞いを任される。
そしてきっと、彼女自身も、それに気づいているのだろう。
わかっていながら、何も言わずにいてくれるのだろう。
口に出したら、後悔することがわかっているから。
「悔しいな」
「ん?」
「悔しいんだよ」
「…」
「あと何十年もあるなら、どうして譲ってあげられないんだろうって」
本気で思っていた。この心臓の一部を切り分けて、彼女に差し出したい。それで彼女と生きられる時間が一時間でも増えるなら。
「泣かないでよ、弱虫」
そう言われて初めて、視界がぼやけていることに気がついた。水に濡れたレンズで見ているかのように、目に映るモノの境界線がぐちゃぐちゃに混ざり始める。それでも、彼女の輪郭だけはハッキリと捉えることが出来た。
俺は、彼女にキスをした。
目を閉じていたのかすら、よくわらかない。
ただここから居なくならないでと、願いを込めながら。
俺のこの命が、彼女にも伝わるように、と。
たみな涼介