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【1分で読める】「夜に数えて/MOROHA」を聴いて小説のワンシーンを想像した。【歌詞の意味】


昼、ランチにて。

「今ってどこのコンビニでも普通にコーヒー買えるじゃん」 「うん」 「あれって元々は、朝コーヒーを習慣づける為の戦略だったらしいぞ。コーヒーを買うために立ち寄って、ついでにお菓子とかパンとかも買ってもらう。結果利益が上がるだろうっていうのがコンビニ側の狙いらしい」 「あー、マーケティング戦略ってこと?」 「そそ」

克也の話を聞いて美里はわかりやすくしかめっ面になる。

「バレンタインのチョコを送り合う文化も、お菓子メーカーが作ったってアレと一緒なのか。なんかそう聞くと、企業の思う壺って感じで嫌だな」 「でもそのおかげで美味いコーヒーを安く飲めるようになったんだよ。そう考えると、別に悪い話じゃない。な?」

同意を求めて克也はこちらに顔を向ける。俺は同意とも否定とも取れような表情で頷きながら、今の俺のPayPayの残高はいくらだったかなと考える。

コンビニコーヒー高いからインスタントコーヒーを買うようにしていたが、克也にとっては安いと感じる値段なのか。密かにショックを受けつつも、それが伝わらないように表情を管理する。

美里は一皿900円するサラダのうち、キュウリにフォークを突き刺して口へと放り投げる。お世辞にも行儀が良いとはいえない作法だけれど、そんな行動すらサマになってしまうのはなぜだろうか。

「なんか腹立たない?私達の財布をコントロールされてる感があるっていうかさ」
「コントロールっていうほどじゃないだろ。最終的には俺たちが買うかどうか決断するんだから」
「でも知らず知らずのうちに習慣化されちゃってるってことでしょ?それって一種の洗脳じゃない」

俺は黙って二人のやりとりを聞いている。どちらの言い分もわかる気がする。確かに企業の戦略に乗せられている感はあるが、結局美味しいコーヒーを飲める事実に変わり無い。

「それは言い過ぎというか。大体、それを言い出したら経済活動は全部同じじゃないか。俺たちがやってる営業活動だって、他人の購買意欲を高めるって意味では、コントロールだろ」
「まぁ、確かに」
「結局誰かがそれで幸せになれば、結果オーライなんだよ」

それから話題は変わり、他愛のない話を続けた。この時間帯はサラリーマンでごった返していて、12:50頃にはレジ前にスーツの行列ができる。それを避ける為に、昼休み終了時間よりも少し早く退店しなければならなかったので、席から立ち上がる。

三人分の注文伝票を持った美里に支払いを任せて先に店の外に出た。それからPayPayで美里へといつも通りの金額を打ち込んで、支払い処理を完了させる。電子決済を完了した時のポップな通知音が廊下に響いた。


夜、布団にて。

布団に潜ると、一瞬にして身体から力が抜ける。重い毛布がかかっているのに、全身の空気が抜けたような安堵を感じる。しかし目を閉じるとそこに広がるのは真っ暗な世界だった。

俺は「大人になる」という言葉の意味を言語化できないまま、「大人になりたくない」と謳っていた。簡単に言語化できるようなものではないし、そうであるべきだと思っていた。

しかし実際に大人になった今、一つの仮説にたどり着いた。

大人になることとはつまり、自らの将来を予測出来るようになることだ。リスクを避ける為に行動したり、自分が幸せになれる方向に進もうとする意思を持つことである。

幸せになりたいから打算的な行動を取り、
幸せになりたいから現実的な選択肢を選ぶようになる。
シンプルで面白みのない退屈な結論である。

その過程で人を傷つけたり、大きな失敗を被ったり、目が眩んだり、足が竦んだりする。他人からみれば「変わってしまった」ように見えたとしても、当人はただ幸せに生きる為に必死なだけなのだ。

ならば、大人になることも悪くない。俺は別に立派な人間になりたいわけではない。ただ幸せになりたいだけなのだから。学生時代の俺に聞かせたら、二度と口を聞いてもらえなくなりそうだ。

眠れないので机の上に置いてある睡眠薬とペットボトルを手に取り、喉に流し込む。それからスマホを取り出し、AppleMusicのアプリを起動し、好きなアーティストの音楽を再生する。

昔は音楽が生活の一部であり、自分のアイデンティティだった。自分の気持ちを歌ってくれていると信じていたし、自分以外にも同じことを考えている人がいるんだと、幾度となく心を救われた。

しかしそれは幻想だった。彼らには彼らの生活があり、俺には俺の生活がある。彼らの考えていることは決して理解できないし、彼らも俺が考えていることを知り得ない。
「お前の気持ちはわかるよ」と歌われると、「俺の気持ちが分かってたまるか!」などと、それこそ思春期の学生のように反発したくなる。

布団から飛び出してデスクへ移動する。ノートパソコンを開いてGoogleChromeアプリを立ち上げて、ブックマークしておいたDocumentファイルを開く。

夜の執筆作業は久しぶりなので妙に冷静な気分だ。せっかくだし安物のコーヒーでも淹れようかと思い、給湯ポットの電源をONにする。

執筆作業とは、自分の考えを出力することである。頭の中で色々な自分の姿を思い浮かべながら、何を考えているのかを想像する。コイツらは厄介な性格の持ち主ばかりだから、一つの意見にまとめるのは非常に難解な作業である。

だから一つにまとめず、文章で表現するしかない。文字の生成と削除を繰り返して、少しずつ納得のいく自分を形作っていく。

誰の為?何の為に?
さっきも言った通り、俺が幸せに生きる為だ。

「結局誰かがそれで幸せになれば、結果オーライなんだよ」

誰かの声が聞こえた気がした。
給湯ポットから湯気がたちのぼっていることには気づかず、部屋にはただカチカチとした音だけが響いている。


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たみな涼介 | シナリオライター/アプリエンジニア
最後まで読んでいただきありがとうございます! ▶︎「4コマ漫画」「ボイスドラマ」 などで活動中のシナリオライターです。 活動費用が意外とかさむため、よろしければサポートして頂けると嬉しいです!“あなた”のサポートが私のマガジンを創ります。 お仕事のご依頼もお待ちしております!