えせぶぢすと/または、L’essai bouddhiste(レッセ・ブヂスト/仏教徒の試み)
—— 二〇〇一年夏のアルルの思い出 ――
[縦書き発表用]
(括弧〔 〕は漢字他の振り仮名の指定。*は段落末に注あり。)
ヨーロッパの路上という、一種無法地帯を生きているから、僕は女々〔めめ〕しいくらいに用心深いし、ここぞというとき切れても見せるし、はったりを利〔き〕かせることも覚えるし、嘘もつく。いろんな術〔すべ〕を身につける。
さて、まだ僕がしこたま酒を飲んでいたころのことである。
でもこの日、僕はまだ飲んでなかった。飲んでいたのは僕なみ以上の、馬なみの…
Ⅰ
アルル(Arles / France)の街路で二人組みの酔漢〔すいかん〕におそわれたとき、僕は、剃髪禿頭〔ていはつとくとう〕のアジア人として、先ず、「無抵抗主義」と決めてみた。全身脱力、路面にころがり、蹴〔け〕られるがままに任せる。任せて、任せて、任せきる…。
ところがまいった! 驚いたことに、病的酔漢〔*アルコリック〕に「無抵抗」とは、火に油らしい。無上の憎悪と快感を覚えるらしい。その蹴り、蹴り、蹴りがあまりに重く、あまりに深く骨身を抉〔えぐ〕る、臓腑〔ぞうふ〕にこたえる。
[*アルコリック alcoolique:《仏蘭西語》アルコール中毒者]
僕は、初めて危殆〔きたい〕を、恐怖を覚〔さと〕った。この際、転向やむなし。
「敗北主義」、と決めてみた。路面から身をはがし、一目散に駆けだす、敗走する…。
ところがまいった! 驚いたことに、病的酔漢〔アルコリック〕は、しらふの僕よりおそろしく頭が切れるし、脚は回るし、図体〔ずうたい〕でかい、馬のようだし、路地は狭いし、あっという間に二人に挟〔はさ〕まれ、行く手を阻〔はば〕まれ。僕は…
…ようやく遠まきに足を停〔と〕めはじめた人等〔ひとら〕に向かって、
─ *Mmes et MM., S.V.P.! Au secours, S.V.P.! Au secours! Au secours!! Au secours! …
[*大意は「皆さん、お願い、助けて!」]
〔 ─ メダーム・ゼ・メッシュ,シル・ヴー・プレ! オ・スクール,シル・ヴー・プレ! オ・スクール! オ・スクール! オ・スクール! … 〕
これを「衆人環視〔しゅうじんかんし〕主義」という。僕たち稼業〔かぎょう〕は衆人、観客以外に頼れるものがなにもない。衆人は、ときに権力、警察をも圧倒、排撃する、盾〔たて〕となる。
だが、ときに全く冷淡、無関心でもある。だから衆人、観客ほどあてにならないものはない、ともいう。今が、そうか…。
ならば、最悪、最低、最後の方便、
─ *Mmes et MM., S.V.P.! La Police, S.V.P.! La Police! La Police! La Police! …
[*大意は「誰か、お願い、警察に通報してくれ!」]
〔 ─ メダーム・ゼ・メッシュ,シル・ヴー・プレ! ラ・ポリース,シル・ヴー・プレ! ラ・ポリース! ラ・ポリース! ラ・ポリース! … 〕
「権力(あるいは権威)主義」である…。
そうして、僕がこの日、これだけは正しかったと思うのは、この際、改めて地面にしっかりくるまって、固く小さく小さくちいさく身をとじて、でも、
( …最後まで絶対、一切仕返し、手だしをしてはいけない… )、
「無反撃」を通したこと。
おかげでパトカーの到着までに、僕は全身うちみ、くつ跡だらけ。腕、脚は傷、痣〔あざ〕だらけ。顔は、鼻血だらけ…
…二人は雲がくれ。ヨーロッパの酔漢たちは、警察の事情、動向にも詳しいらしい。
※
代わりに、今度は通りかかった日本人の、やや中年の観光客のカップルが、最後まで僕を見守ってくれていた。
Ⅱ
ところが、またまたまいった! 驚いた! 駆けつけた警官は、
─ JE T'ARRRÊTE!〔 ─ ジュ・タㇽㇽレート! 〕
その意〔い〕は、
「お前を、逮捕する!」
いきなり僕を、うしろ手にねじあげた。
それはそうだ。警官は何も知らない。僕の見た目がいちばんおかしい、いちばん怪しい、いちばん穢〔きたな〕い。
僕は、
(…でも、大丈夫〔だいじょうぶ〕! ここは、落ち着いて…)、
僕は、とにかく事情を説いた。これは、事実誤認だ! 僕は潔白、無実であること、僕はなんにもしてない、手を上げてない、僕が警察を、呼んだ、呼んでもらった、当人であること、僕が日本人であること、アヴィニョンのキャンプ場に泊まっていること、パスポートはレセプションに預けてあること、ディレクターとは話せる仲であること、その街で、僕はアントーニオと呼ばれていること、友だちがたくさんいること…。
うしろ手にねじあげられたまま、無抵抗・無反撃のまま。実は、これ、僕たち稼業〔かぎょう〕の初歩、かつ究極の術〔すべ〕。極意〔ごくい〕に通ずる。
事故〔アクシデント〕は、むしろ受けとめ、受け入れること、雑音にはむしろ声を、動きを合わせる(ハモる)こと、でなければ待つ、日和〔ひより〕を待つということ、いつもなるだけおちついて、くつろいで、おだやかでいるということ、そのようにしていつも人に交わる、語りかける、耳、傾けるということ、くつろぎ、おちつきはひとに、みんなに伝染〔うつ〕るということ、空気のようであれということ…。
そのようして五分、十分、十五分が経過するかと思われたころ、警官に無線が入った。警察で、何かが分かった。どこか、落ち着くところに落ち着くらしい。問題は、この僕がどう処理されるかだが…
警官が、最後の最後に、静かに訊〔き〕いた。驚いた、これは全く予期がなかった、
─ T'es *bouddhiste?〔 ─ テ・ブヂスト? 〕
─ Ou…Oui! Bien sur!〔 ─ ウ…ウイ! ビヤン・シュール! 〕
無罪放免である。
[*ブヂスト bouddhiste:《仏蘭西語》仏教徒(の)]
首に、もう十年以上前、僕が初めて旅に出たとき、はなむけに義母〔ぎぼ〕にもらった数珠〔じゅず〕が、ぶらさがっていた。そのとき一緒にもらった経〔きょう〕は、必ず旅に持ち歩き、一度も披〔ひら〕いたことがなかった。
※ ※
さてこれが、僕がヨーロッパでえせぶぢすととなって行く、はじめである。あの日本人の教員の御夫妻が証人である。無罪放免されるとすぐに、心配をして、声をかけてくださったのである。
このあと用心に、駅の方まで送っていただき、途中、ご一緒にお茶を飲み、
(…ここは確か、ゴッホの絵にある、あの喫茶店…)、
僕は、この夜〔よ〕はじめてのお酒を口にした。
Ⅲ
「…若〔も〕しは信〔しん〕若しは謗〔ほう〕、共に仏道〔ぶつどう〕を成〔じょう〕ぜん…」。
その意は、
(…信ずるものはもちろん、初めは信じずかえって教えを謗〔そし〕るものでも、それが縁〔えん〕、いつかは仏の悟〔さと〕りに達する…)。
しかし、堕〔お〕ちる、堕〔お〕とされるものならば、僕はいつでも地獄に堕ちる覚悟の、えせぶぢすとである。
Ⅳ
「えせぶぢすと」。
これをフランス語風につづり、冠詞を付けると、
< l'essai bouddhiste〔レセ・ブヂスト〕>。
その意は、
「ぶぢすとのこころみ」。
※ ※ ※
似非仏徒〔えせぶっと〕
五里霧中〔ごりむちゅう〕 暗中模索〔あんちゅうもさく〕 紆余曲折〔うよきょくせつ〕 試行錯誤〔しこうさくご〕
鈍根懈怠〔どんこんけたい〕 無智毀戒〔むちきかい〕 高慢放言〔こうまんほうげん〕 心無所畏〔しんむしょい〕
威儀無足〔いぎむそく〕 即身成仏〔そくしんじょうぶつ〕
うらみち わきみち すりっぷ すれすれ おーばー すてっぷ すとっぷ おだぶつ くわばら くわばら
※ ※ ※ ※
或いは、もひとつ別なつづりで、
< Laisser Bouddhiste〔レッセ・ブヂスト〕! >、
その意は、
「こいつ、ほおっておこうぜ!」。
ユーラシア大陸辺境、蛮地ゴール仕込〔じこ〕みの*独覚〔どっかく〕である。…錯覚である。
[*独覚:〘仏教〙仏の教えによらずに悟った者。]
Ⅴ
さて、僕が二人の酔漢をどんな経緯〔けいい〕で、どんな悪戯〔あくぎ〕で刺激してしまったか、ここにはひとことも触れられていない。二〇〇一年・夏、アルル、南フランスでのできごとである。
僕がまだしこたま酒を飲んでいたころのことである。その日まだ飲んでなくとも、前日前夜の深酒〔ふかざけ〕が三分、四分、ほどよく体に残り、血道〔ちみち〕を巡〔めぐ〕り、頭にも廻〔まわ〕っていたであろう日々である。
そうしてえせぶぢすととなって行く、はじめである。
その二年後〔のち〕、二〇〇三年・夏、東京都何某〔なにがし〕市ヰ頭〔ゐあたま〕病院AL〔エーエル〕病棟収容、三ヶ月となる。
Ⅵ
ところが、酒を一切断ってから、ときに僕はいっそう楽しく、狂おしく、そら怖ろしく、ますます手がつけられなくなっていくようでもある。
困ったものである…。
二〇〇九年五月十七日
(初稿脱稿、2009年5月17日/最終加筆、2020年11月16日/*注の書き換え、及び追加、2021年4月9日/助詞一箇所再加筆、2021年4月28日)
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