028 謎の物体に囲まれて、鬼ごっこやかくれんぼをしたら楽しいだろう(スペイン)

リスボンから、夜行バスでスペインの首都マドリードへ。陸路の旅は進んでいる感じがしていい。飛行機も使いまくっっているけど、やっぱり旅の基本は陸路だ、と思う。

早朝マドリード着。思ったより早く着いて困る。夜行バスは宿代わりだから、しっかり時間をかけてもらわないと、と勝手なことを思いつつ、バスターミナルで夜明けを待ってから、宿に移動。

泊まったホステルに韓国人の女子3人組がいた。彼女たちはキッチンにやってくるや否や、当たり前のように韓国ラーメンのパックを取り出した。やっぱり女子でも韓国フードが手放せないみたいだ。

物欲しそうに見ていたのか、彼女たちはラーメンを分けてくれた。辛いけど、おいしい。確かにこの強烈な味に慣れたら、離れられないかもしれない。

夜、やはりキッチンで冷凍パエリアを食べていると、アジア風の顔立ちの男の子に話しかけられた。20歳で台湾人とアメリカ人のハーフなのだという。台湾に住んでいたとき勉強したらしく、日本語も少し知っている。見た目やファッションが今風の若者っぽく、言葉を交わす前はちょっと苦手かもなあと思っていたけど、話してみるといい若者だった。

旅行では「人は見かけによらない」という経験がたくさんあって、それがもはや当たり前のことになっている気がする。だったら自分は、見かけによる人を目指そうか、とひねくれたことを思う。

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レイナ・ソフィア美術館に行く。スペイン出身のピカソ、ダリ、ミロの絵を始め、現代アートを中心とした展示がある。美術館をどう楽しむかという課題に対して、今日は「考えるんじゃない、感じるんだ」をテーマに絵を鑑賞しようと試みる。

「心で絵を見るのだ」と念じながら見て回っていると、幸か不幸か、日本人の団体客と遭遇。気がつけば、ガイドのうんちく話を熱心に聞いてしまっていた。

でも、わかったのは現代アートを鑑賞するときは、「謎の物体がたくさんある」と思えばおもしろいということだ。謎の物体に囲まれて、鬼ごっこやかくれんぼをしたら楽しいだろう。

ミュージアムショップにもおもしろい写真集がたくさんあって、しばし時間を忘れた。スペイン=芸術の国というイメージが強くなる。スペインって、もっと荒っぽくて雑然としてるのかと思っていたら、街もきれいだし、予想以上に洗練されている印象だ。

午後からは昨日出会った韓国人の女子たちと、トレドという近郊の町に出かける。

韓国人ばかり登場するが、実際、この旅では日本人に会うより韓国人に遭遇することのほうが多い。留学などでヨーロッパに滞在する韓国人が増えているようだ。

かつて韓国では、国外に出ることを親が認めない(とくに女子は)ことが多かったらしいが、最近ではだいぶ寛容になってきている、という話を彼女たちから聞いた。「でも、長男は基本的に家にいる」そうだ。ヨーロッパの印象を訊ねると「どうしてお風呂とトイレが一緒なのか理解できない」。

トレドはいい雰囲気の街。特に何が見たいわけでもないので、行き先はおまかせでついていく。人の興味を借りていろいろ見て回れるのはありがたい。「意思なきところに道はなし」というけど、意思はなくても道はたくさんあるので困るのだ。

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日がどんどん過ぎていく。時間があるようでない。お金と時間という限られたものがどんどん減っていくのが恐怖である。早く先を急がないと、と焦っているが、先のことを計画するのは苦手だ。でも、ある程度先のことを前もって決めておかないと、あとあと不都合が起こるので困る。

この後すぐにアフリカに向かうか、もう少しヨーロッパを見るべきか迷っている。まだまだ行ってないところがたくさんある。

つながりそうでつながらないワイヤレスネットワークに翻弄されて、1日が終わった。

夜行バスで、スペイン西の端の巡礼地、サンティアゴ・デ・コンポステーラに向かう。

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早朝サンティアゴ・デ・コンポステーラに到着。バスに乗っている間は、こんな遠いところまでわざわざ来る必要なかったかも、と少し後悔していた。最近は旅の効率が悪くなるのを恐れている。

しかし、いったん町を歩くと、そんな考えは一蹴された。

路地が入り組んだ旧市街は雰囲気がある。古い町並みなのに古臭さがない。観光地としてではなく、生活の匂いもちゃんとある。街が街として呼吸しているというか、独特の空気が保たれている。いい場所に出会うと、旅の苦労や後悔なんて簡単に忘れる。

「サンティアゴ巡礼」という言葉に惹かれてここまでやって来たものの、実はどういう場所なのか、よく知らなかった。友人がメールで教えてくれたところによると、サンティアゴは、エルサレム、ローマと並ぶキリスト教の重要な聖地らしい。巡礼路は世界遺産に指定されている。

巡礼とはそこに行って何かをするのではなく、そこに行く過程に価値がある。旅の基本だ。昔から旅することには単なる移動以上の意味があったのだろう。ぶらぶらと旅をしている自分にとって、「とにかく行けばいいんだよ」という巡礼のコンセプトには救われる気がする。と、歩いてきたわけでもないのに、わかったようなことを考える。

大聖堂にたどり着くと、その存在感に圧倒された。「ああ神様」なんて言葉が口を出てきそう。さすが巡礼のゴールになる場所だ。大聖堂の内部も今まで見た教会とは違って、でっかい仏壇みたいで見とれてしまった。

魅力的な街だ。そう思うと、道端の路上ミュージシャンの音楽もいい感じに聞こえてくる。ここで聴いたバグパイプは、スコットランドで聴いたのより上手い気がした。

宿を探して泊まる。立地もよくきれいで快適なペンション。しかも安い。ユースホステルとかに泊まっている場合じゃない。

みかんを買って食べる。種なしなのがうれしい。

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宿の1階にあるカフェで、コーヒーとタルトの朝食をとりながら日記を書く。こういうひとときは最高だ。 日本ではあまり飲まなかったコーヒーが好きになってきた。

やっぱ旅っていいなあと思いながら、ネット屋でインターネットをしているとき、ふと、日本の転職サイトの記事を読んでしまった。いまの自分とのギャップに震撼してしまう。

帰ってから日本の社会でやっていけるのか、心底不安になった。でも、まあいいか。今は深く考えないでおこう。ここで心配したところで、何もならない。

夜行バスで次の目的地ビルバオへ。

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夜行バスで移動中、あわや置き去り事件が発生するも、無事ビルバオにたどり着いた。スペインの北部の沿岸に位置するビルバオは、バスク地方の中心都市である。

早朝の街を散歩する。普段は早起きできない体になってしまっているけど、夜行バスは早朝の街を散歩する機会を与えてくれる。

この街もすばらしい。まず地形が魅力的。海にほど近いけれど、山に囲まれ、中心には川が流れている。盆地でありつつ、河口であるという不思議な地形。街は活気もあって、 新しいもの、古いもの、 人間、自然がうまくミックスされている。スペイン、いいところ多いなあ、と思う。

グッゲンハイム美術館に行ってみる。ニューヨークやベルリンにもある現代アートの美術館で、斬新なデザインの建物だ。

現代アートの楽しみ方は、かくれんぼや鬼ごっこだ、と最近思っていたけど、それを具現化しているような建築であり、展示だった。子供がここで自由に遊べるようにしたら、いろんな感覚が育つんじゃないか。というか自分がやってみたいだけだけど。

公共交通機関も充実している。トラム、地下鉄、バスに加え、2種類の電車が走っていた。緑色のトラムがかわいい。

バスク地方というと、分離独立運動が激しいというイメージもあったけど、来てみると荒れた雰囲気はまったくなく 完成された街というイメージ。だからこそ、他に依存する必要は無いということかもしれない。

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ビルバオからバスで1時間のサン・セバスチャンという街に移動。海辺の街で、夏場は都市型ビーチリゾートとしてヨーロッパでは有名だそうだ。

今はシーズンオフなので、観光客は多くない。それでも寂れているわけではない。観光だけに依存した街ではないことが、さらに訪れる人を魅了するのだと思う。

サッカーの試合があったらしく、夜、サッカーシャツ姿の若者が大騒ぎ。太鼓をたたき、踊りながら行進している。ラテンの人のノリの良さを実感する。

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朝起きて腕時計を見ると、すでに昼の3時。まじで!と思い、飛び起きる。昨日寝たのは0時ごろだから、15時間も寝てしまったのか。夜行バス明けで相当疲れていたのだろう。

にしても、寝すぎである。あわてて宿にもう1泊することを告げ、外出する。

しかし、6時くらいになっても外は一向に暗くならない。おや?と街の時計を見ると、ようやく3時になったばかりの時刻を指していた。腕時計の電池は切れていないし、寝ている間に無意識で腕時計をいじってしまったとしか考えられない。大丈夫か?おれ。

ともかく、時間を無駄にしなかったことにひと安心して、街を散歩する。

日本で赤信号を律儀に守っている人に対して、「外国ではみんな自分の判断で横断している。いちいち信号を守る日本人は自分で状況判断ができないのだ」という説を聞く。でも、ヨーロッパの国でも、基本的にみな信号を守っている。日本人の自分の方が、1人で赤信号でも渡ろうとしてちょっと恥ずかしかったりしたくらいだ。

ただ、イギリスとアイルランドは赤信号でもお構いなしに渡る。スペインは割と日本に近い感じで、基本的に信号を守りつつ、余裕がありそうだったら渡る、というスタンスみたいだ。

倹約のため、昼飯はスーパーで買ったポテトチップスとコーラ。どうせレストランで食べてもフライドポテトとか出てくるんだから、腹に入ってしまえば一緒、という理屈をつける。

夜行列車でバルセロナへ。

外国人の友人を日本に招待したとしたらどこを案内しようかと考える。寺とか伝統芸能とかのトラディショナルなものを除けば、野球場、通勤ラッシュ、居酒屋、カラオケ、吉野家、とんこつラーメン……って、自分が今したいことばっかりじゃないか。いや、通勤ラッシュはいらないけど。

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