032 焦りと欲求を勘違いしてはいけない(モロッコ)
スペインのマドリードから、夜行バスでモロッコへ向かう。バスはスペインの車両なのだけど、すでに雰囲気が違う。スペインではバスの席番をきっちり守るのに、このバスでは「もうどこでも座れや」ということになっている。
今日の昼間は、アフリカ行きに備えて現金をつくったり、薬を買ったり、食いだめだと、はり込んでランチビュッフェを食べたりした。 かなりの額の現金を持ち歩いているので、泥棒にとってはお買い得な状態だ。
それからネットもした。旅先からのネットは時間が限られているから、むやみにネットサーフィンして、へこんだりしなくていい。異なる意見を集めると賢くなった気がするけど、そればっかりやっててもしょうがないなと思う。
長かったヨーロッパともお別れ。移動のバスの中で、ヨーロッパについて考える。
旅先で会った人がくれたメールに、「ヨーロッパではこだわりに触れた」と書いてあって、なるほどそうかもしれないと思った。
外から来ると、「ヨーロッパは古いものを保存していて素晴らしいなあ」と思うのだけど、もしかしたらそれは単にこだわりの結果として、そうなっているのかもしれない。ちょっと偉そうで、たまにカチンとくるあの感じも、こだわり文化と関係があるのかもしれない。
一方で東洋的なものも、西欧社会に浸透しつつあるとも感じた。東洋的な考え方がもっと伝わっていくと、おもしろいと思う。
結局、ヨーロッパに4ヶ月くらいいた。
そういえば、前に生まれ変わっても日本人がいいと書いたけど、ちょっと撤回。どこかの国とのハーフがいい。
* * *
夜、モロッコのフェズという街に到着。バス、フェリー、バスの丸一日の移動だった。
途中バスを乗り換えるときに、言葉が分からずさまよっていると、スピードスケートの岡崎朋美に似ている女性が英語で教えてくれた。イスラムのスカーフがスケートのユニフォームのようでなおさら似ている。こういう例えをするのは、やっぱりトリノオリンピック見に行けばよかったなあと思っているからだ。
道中は花畑や緑が多く、ほのぼのとした雰囲気。モロッコといえばもっと土や砂のイメージだったけど意外だった。
「モロッコには悪いやつがいるから気をつけろ」とよく言われたが、景色がいいと、ついついそういうこと忘れてしまう。
壷焼き料理タジンを食べた。付け合せのパンもおいしい。外がさくっと、中がふんわりで、ほのかに甘い。
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フェズの街を散策。メディナと呼ばれる、迷路のような旧市街を歩いた。イスラムの雰囲気だ。
客引きの子供の語学力にすごいと思う。
日本語はイエスとノーの間のことを説明しようとするのに対し、英語などはいかにイエスであるか、ノーであるかを説明することがメインなのではないか。日本語はイエスとノーの内側、英語は外側の言葉なのではないか、などと考える。
街でドラッグ話をもちかけられ、ひと悶着あった。
苦しみや悩みから解放されてハッピーな気分になれる、軽いものなら体への影響もない、何も悪いことはない、というのがドラッグ肯定派の意見だと思う。それはそうかもしれない。でも、そんな簡単に解放されてしまっていいのか、とも思う。自分を変えたい、性格を変えたい、などと言うけど、たとえネガティブな性格でも、いざ、これまでの自分が失われてしまうことを想像すると、恐ろしい気分になる。
* * *
フェズの街を出て、列車でマラケシュの街まで移動する。車窓は緑の草原が続いていた。
夜マラケシュ着。だいぶ南下してきたはずだけど、日が落ちると寒い。宿のシャワーは水のみでつらい。モロッコは暑い国のイメージがあったけど、冬は冬、である。
* * *
マラケシュの街を歩く。メディナ(旧市街)で、大道芸を眺めていると、日本人の男女と欧米人男性の3人組に遭遇した。彼らも旅行中らしい。 1人でぶらぶら歩くのにも飽きていたので、彼らに合流して街を歩くことにする。他人の興味を借りての観光。1人だとだらだらしてしまうところが、充実した一日になった。
と思っていたら、 夕方にトラブル発生。日本人男性のデジカメが置き引きにあって盗まれた。しかし目撃者が警察に通報してくれ、捜索の結果、犯人の少年が捕まり、カメラは無事戻ってきた。 捕まったのは14歳の少年。保護施設に送られるという。
カメラが戻ってきたのはよかったが、盗まれるスキを見せていなかったら、少年も犯罪を犯すことはなく、罰せられることもなかった。今回被害にあったのはたまたま自分ではなかったけど、犯罪を誘発しないようにすることも大切だと思った。
捕まえた警察官は、「少年のうちに捕まってよかった。大人になってからだと取り返しがつかない」と言っていた。すばやい捜査といい、モロッコの警察はなかなか優秀なのかもしれない。
と思った矢先、その警察官は日本人女子のナンパを始めていた。
* * *
昨日会った3人組はこれから砂漠方面へ向かうらしい。彼らに同行することにする。夜行バスに乗って移動。予定だと、翌朝には砂漠近くの町に到着するはずであった。
夜中にバス内が騒がしくなる。
どうやら途中の道が雪のために通行止めになっているらしい。迂回路を取るか、ここで待機するかの意見が割れて、バス内は騒然。運転手は迂回するなら追加料金を徴収すると言い、それに反対する乗客らと対立している。仲裁に警察を呼びに行くほどの騒ぎとなった。
結局、翌朝には道路は開通する見込みということで、バスの中で一晩待機ということで落ち着いた。
雪で通行止めになるくらいなのでバスの中はとても寒い。震えながら夜を明かした。旅の途中で友人からもらった毛布が役に立った。
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朝になる。バスは動き出したが、交通規制をしているらしく、少し動いては止まり、また少し動く、という状態を繰り返す。昼前にようやくスムーズに流れ出した。アトラス山脈を越えていく道はすばらしく景色がいい。草原あり、雪山あり、絶壁ありで見ていて飽きない。モロッコにこんな景色があるとは知らなかった。昨日の雪で足止めを食わなかったら、夜のうちにここを通過してしまい、この景色を目にすることはなかったはずだ。何が幸いするか分からない。
道は急な山道で、通行止めにしたのも理解できる。途中、事故を起こしている車も何台か見かけた。モロッコの乗客たちは何かあればじっとしていられないようで、わっとバスを降りて見にいき、バスが動き出すと、慌ててわらわらと戻ってくるのが可笑しい。
夜になって、ようやく目的地に到着。丸一日バスの中で過ごした。
* * *
オリンピックをやっているイタリアのトリノに行かなかったことを後悔している。オリンピックを現地で見るなんて一生に一度のチャンスだったかもしれない。 ここにきて、トリノ、トリノと、女の子の名前でも呼ぶようにそればかり考えてしまう。判断を正当化するために、行かなくてよかった理由を必死に考えるが、気がつくとトリノに行っていた場合の旅のルートを考えていたりする。もうモロッコまで来ているというのに。
今日から1泊2日の砂漠ツアーに出かける。車で砂漠の中のキャンプ地まで連れて行ってもらい、そこでラクダに乗ったりする。砂漠の大部分は砂と石が混じった荒地だけど、ツアーだとサラサラの砂丘まで連れて行ってくれる。
訪れるとたしかに砂はサラサラで液体のようだった。「あらゆるものは粒子である」という言葉が浮かぶが、とくに意味はわからない。ラクダにゆられて3時間くらい歩く。とても静かで考え事をする。考えることと言えば……やっぱりトリノオリンピック。後悔は根強い。
冬のオリンピックはどこか分からない変な地名の場所で開催され、不思議な名前の選手が出てきて、コスチュームも謎めいている。競技の動きも流線的だったり幾何学的だったりする。夏のスポーツが重力や摩擦に対抗するのに対し、氷の上を滑るとか風に乗って飛ぶ動きが見た目に心地よい。そして女子選手がちょっとかわいい気がする。
というようなことを、砂漠の真ん中で考えるのはどうなのか。
夜は星がとてもよく見えた。
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砂漠の中のテントで目を覚ますと、砂まみれだった。光が入ると、砂が天井から降ってきているのが見える。テントを出て砂丘を散歩する。砂の中を歩くと靴がピカピカになった。粒子が細かいからだろう。
トリノに行かなかったのは早く旅を進めなければと思ったからだ。それは欲求ではなく焦りだ。焦りと欲求を勘違いしてはいけない。
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砂漠地方から、大西洋岸の町に移動する。そこから南下していく予定だ。
旅に出たところで、そんなに変わらないなあと思う。日本にいるころ憧れていた旅の中に今いるわけだけど、めちゃくちゃテンション高いと言うわけでもなく、かといって退屈というわけでもなく、面倒くさいことも多いけど、興奮することもあるし、なんか普通だ。旅は旅に出ると決めた時点で半分終わっているのかもしれない。
別の旅行者たちと行動を共にして会話について考える。
おもしろい会話ってなんだろう。プレゼンテーション合戦ではおもしろくない。焚き火に薪をくべるように、会話を維持する言葉、展開する言葉を投入することが大切ではないだろうか。
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太平洋岸のアガディールという街に到着。欧米人の旅行者が多く、ちょっとしたリゾート地だという。港の方で魚が食べられるらしく、行ってみる。
港の付近に行くと、おじさんに声を掛けられ、「魚を食いたいんだろう。じゃあおれの店に来い」と連れて行かれる。「どの魚が食いたい?オーケーおれが選んでやる」とオートマティックに運び、「エビは食べられないからやめてね」というのが精一杯。
皿いっぱいの魚が出てきた。から揚げにしただけだけど、なかなかおいしい。今日一日分の食事だと思って一心不乱に食べる。
会計の段になって、値段を見てびっくり。高い。しまった。やられた。詐欺まがいだったか、と思っても、いったん腹に入ってしまったものは戻せない。モロッコはどこも食事は安くてうまいと思い込んでいたから油断していた。
* * *
アフリカの旅に備えて散髪をする。オシャレ系の店か、おじさん系の店か迷うが、安さにつられておじさん系へ。でも技術は確かで、このコストパフォーマンスなら昨日のぼったくり分をちょっと取り戻したかな、と満足していたら、最後にかみそりで流血。
久々にネット屋で日本語が読めるパソコンを発見し、メールチェック。友人か誰かからだと思っていたメールが、エロ広告だと判明する。
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モロッコを南下し、ダクラという街に向かう。かつては西サハラと呼ばれていた地域だ。
バスで20時間くらい走って到着。途中は砂、石、岩、エメラルドグリーンの大西洋。
ラクダの肉を食べる。牛肉に似た味だった。
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ダクラからモーリタニア国境に向けて移動。ここからはバスはない。昨日のバスで知り合ったモーリタニア人が車を手配してくれるという。ヒッチハイクを覚悟していたのでラッキーだ。その男性は経済学の博士課程を専攻していて、昨日はアガディールでのセミナーの帰りだったそうだ。
砂漠の長旅になるので食料を買い込む。車は個人的に手配してくれたのかと思ったら、乗り合いタクシーのようなものだった。
1日走って夕方、国境に到着。夜20時ごろにはモーリタニア側の町に着いた。国境でややこしいことにならないかと心配したけど、とくに何もなくてほっとする。 思ったより早く着き、食料を買いすぎたことを後悔した。
(モーリタニア編に続く)
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