これ意外とおいしかったよ、安いけど
外に出て、ルートビアを自販機で買って、オレンジ色の街灯の下の道をぶらぶらと歩く。小さな塾があり、中では子供たちが勉強しているようだった。ビールを買って帰ろうと、商店に入る。
「これおいしかったよ」
店の中をうろうろしていると、お客のおばちゃんが言う。寝間着の上にはんてんをはおったような服装で、サンダル履き。近所の人のようだ。「これ意外とおいしかったよ、安いけど」。輸入品のウエハースを指している。僕に勧めているようだ。
同行人は「あぶらかす」という商品が気になったらしく、「これはどうやって食べるんですか?」とレジに座っている店の女性に聞いている。ひっつめ頭というのか、髪を後ろでまとめて眼鏡をかけた40代くらいの人。こういう商店にしては若い人だと思った。ウエハースのおばちゃんも「あぶらかす」に反応し、レジを囲んで会話が始まる。
「デガワが来てさ」
何のことかと思ったら、最近テレビ番組のロケがあったそうだ。さっき国道沿いの店に人が集まっていたのは何かと聞くと、町長選挙の出陣式ではないかとのこと。
沖縄の風習の話になる。もうすぐ旧正月だからいろいろ準備をするとか、お盆はどうする、葬式はどうする……旧正月を重視したり、血判みたいなものがあったりと、中国の影響が強いそうだ。お盆にサトウキビを外に置いておくのは沖縄らしい。
「猫が死んだら軒下に吊しておかないと化けて出るよ」
「それナビィの恋でやってた」
と2人は話していて、意外と沖縄の人も映画で風習を知ったりするのだなと思う。おばさんは与論島出身で、そこはまだ風習が濃く残っていたそうだ。
アメリカ人の男性がたばこやお酒を買いにくる。透明の使い捨てトレイも買っていて、何に使うのだろうと思う。無言で買い物を済ませ、店の人ととくに挨拶を交わす様子はない。おばちゃんの言葉からも、日常的な交流はとくにないように思われた。
夜が深まるにつれて、店には次々と人がやってくる。いつの間にか店内に若い女性がいてお客と思っていたら、店の品物の数を数えて書類を書いていたり、それとは別に水商売風のお姉さんが来たり。お金の入った封筒だけ渡して「よろしくね」と言って帰っていく人もいる。扇風機だかクーラーだかが壊れたと独り言のように繰り返しつぶやいているおじさんには、店のお姉さんが「いいから、これで注文していた食事を引き取ってきて」と1500円を渡す。商品を売る以上の機能を果たしている場所だということが、だんだんわかってくる。
極めつけは最後に入ってきた年配の女性。ジブリの映画に出てくるおばあさんという感じで、化粧をしっかりした鷲鼻の顔に長い黒髪、金のネックレスがじゃらじゃらと首から下がっている。ドル札を取り出し、円への両替を頼んでいる。結構な額だ。顔なじみらしくウエハースのおばちゃんとも話している。濃いキャラクターの人が次々とやってくる状況に圧倒されてしまった。
ウエハースのおばちゃんは「○○ちゃん(店のお姉さん)とちゃんと話したのは今日が初めてだよ、いつも忙しそうだから」と話す。自分たちのような旅行者がふと訪れたことで、普段話さない人同士が話したのだとしたら、ここに来たのも、ささやかながら、何か意味があったような気がしてくる。
「ここどこだか知ってる?」
ウエハースのおばちゃんが聞いてくる。
「え、金武町ですよね」
「そうだよ、キンチョウするだろう? 殺虫剤じゃないよ」
昔は金武村だったんだけどね、と店のお姉さんが情報を加える。
それぞれの人にそれぞれの日常があって、それぞれの目的を果たしに店に来る。それをおもしろいなあと受け止められるのは、旅行者だからこそで、そんな無責任な訪問者を受け入れてくれてありがたいという気持ちになる。
この店は週末はとくに忙しいのだそうだ。今日が木曜でよかった。
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