黒人に変身した白人の作家がいた

自分も外国を旅行することがあるけれど、旅行するだけでは、その国の人として、その国の社会を見ることはできない。とくに見た目で外国人とわかる場合、どうやっても外国人として扱われてしまう。

白人と黒人の場合も同じだ。白人の見た目のままでいくら黒人社会に入り込んでも、その社会を黒人として体験することはできない。白人も黒人も、相手の肌の色が違うから態度を変えるわけで、白い肌のままでは、永遠に黒人の白人に対する気持ちはわからない。

これに気がついて、黒人に変身したアメリカの白人の作家がいた。その顛末が『私のように黒い夜』という本に書かれている。

おもしろい本だった。著者は1959年に肌を黒くして南部の黒人社会に入り込み、黒人として見たこと、経験したことを綴っている。

著者のグリフィン氏は肌を黒くするために、特別な薬を飲んだり、紫外線を浴びたりしたうえに、顔料を顔に刷り込んだ。髪も短く刈りこんだ。その状態で南部の街に出ると、誰も白人だとは思わず、黒人として受け入れられたというから、かなりの変身具合だったと思われる。

当時とくにアメリカの南部では黒人差別が色濃く残っていて、バスの座席が後方と決められていたり、黒人は黒人専用のトイレしか使えなかったり、白人と混じって食堂やカフェを利用することもできなかった。

バスの中では、白人と黒人が相席になることを避けるため、運転手が先に座っていた黒人に席を変われと言う。白人に対しては「足下に気をつけて」と声をかけるのに、黒人には何も言わない。そういったことをグリフィンさんは自ら体験した。また、降りるのが少し遅れただけでドアを閉め切ってしまい、バス自体は信号待ちで止まっているのに、決してドアを開けてくれなかった、といった嫌がらせも経験している。

表面的には親切な白人も多かった。でも、やはり差別の心は根強かった。差別の構造は複雑で、単純に黒人対白人というよりも、白人のなかにも差別主義者とそうでない人がいて、黒人の中にも色の薄い人の方が優れているとして、黒人内でランク付けをしようとする人がいた。

差別はよくないと思っている白人も、白人の差別主義者から睨まれたくないために、あからさまには黒人に親切にできないし、黒人の方は白人に嫌われて職を失うことを恐れて、白人に媚びるようになってしまう。

そんな問題の核心に迫るには、黒人になって黒人と話をし、黒人の世界を体験するしかない、というグリフィンさんの考えはその通りだと思うし、それを実行したのはすごいことだと思う。

グリフィンさんは一般的な白人家庭の生まれだったが、フランスに留学したときに、アフリカ人学生が食堂で自分たちと同じテーブルにいるのを見たとき「おい、なんであいつが同じテーブルにいるんだ?」と何の気なしに言ってしまったそうだ。それくらい差別は当たり前のこととして根付いていた。それに対して別のフランス人学生が「なんでって、当たり前じゃないか」と返したことで、目が覚めたそうだ。

その後、グリフィンさんは軍で戦争を体験し、迫害されていたユダヤ人の解放に関わったりする。そして戦争の後遺症から、視力を失ってしまう。それは後年、奇跡的に回復するのだが(そのとき自分の妻と子どもの顔を初めて見たという)、そういう経験もあって、この「黒人になりきる」ルポを自分がやらなければという使命にかられた。

黒人になっていたのはおそらく1ヶ月くらいの短い間のようだけど、それでもすごい仕事だ。その後は脅されたりいろいろあったようだけど、その意義は大きいと思う。

時系列で日記風に書かれているので、未知の黒人社会を旅する紀行文としてもおもしろい。いつかアメリカの南部を旅してみたい気分になったのだった。

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