027 サラダはセットじゃなかったのか(ポルトガル)
ロンドンにさんざん文句を言いながら、ポルトガルへ飛ぶ。しかし、金がないのはロンドンのせいではなく、自分のせいである。
北部の街、ポルトに到着。ポルトガル第二の街で、大西洋に面した海辺にある。ちょっと寒いけど、雲ひとつない青空。久しぶりに本格的な青空を見た。嫌なことも一気に吹き飛ぶ感じだ。
ポルトの空港はできたばかりなのか、とてもきれい。 空港バスも客の希望に応じて運行してくれて、宿までのアクセスもスムーズ。なんかいいぞ、ポルトガル、と思う。
宿に着いてから、さっそく近くを散策。なんと気持ちのいい所だろう。海があって、起伏があって、向こうからオールドファッションな路面電車も走ってくる。完璧だ。行き先不明ながら、その路面電車に乗ってみる。電車は坂道をうねうねと登っていく。
街は海に流れ込む川の両岸に広がっていて、海峡のような地形になっている。起伏のある街は景色に変化があって歩いていて楽しい。その地形に適応するためのやむを得ない工夫もおもしろい。
海峡にアーチ型の立派な橋が何本も架かっている。素人目にも工事が難しかっただろうなと思うような橋で、景観の良いアクセントになっている。橋から眺める夕暮れがきれいだったところで、ちょうどカメラのバッテリー切れ。
宿でイギリスから来た老夫婦と知り合う。ここポルトに移住しようとしているのだそうだ。定年退職して、子供も巣立ったので、のんびり暮らすためにこの地を選んだのだと言う。わかる気がする。
「イギリスより気候はいいし、物価も安いし、海の幸も豊富だしね」
実際このポルトは、イギリスやドイツなどからの移住者に人気らしい。
「私たちは7人も子供がいるの。私が2人、彼が5人よ」
女性がちょっと意味深げに笑う。なるほど、長年連れ添った夫婦じゃないのか。パートナーを見つけて移住。そういうのもありなんだろう。
逆にいまイギリスでは、ポルトガルや東欧からやって来る出稼ぎ者が急増している。最近EUに加盟した国からの移住も自由化されるので、さらに移民がどっと押し寄せるのではないか。と、アイスランドで知り合ったイギリス人が言っていた。
「そんなに人がやって来たら住むところがなくなるよ」
と彼は真剣に心配していたが、一方でこの老カップルのように、快適な生活環境を求めて出て行く人もいる。それでバランスが取れていくのかもしれない。
ヨーロッパに来るまでは、EUとは「通貨を統合して便利にしましょう」ぐらいのことだと思っていた。でもEU発足によって、人の動きが活発になっているのは確かだ。働く場所、住むところを求めて移動している人にしばしば出会った。
人の動きは予想がつかない。今後、もっと大きな変化があるかもしれないし、たいしたことはないかもしれない。ヨーロッパがこれからどう変わっていくのかに興味が湧いてきた。
夕食に日本の友人に送ってもらった食料を食べる。味噌汁と明太子スパゲティ。まずいはずがない、という安心感があるのがうれしい。
* * *
昨日の老カップルに教えてもらった公園に行ってみる。公園というよりは、きれいに整備された庭園だった。敷地内にある現代美術館にも入ってみる。
平日の昼間ですいていて、客より監視の人の方が多いくらいだ。彼らは、客が作品に触ったりしないか見張っているのだが、常に見られているから、こちらも落ち着かない。マークされつつも、泳がされている容疑者のようだ。
その後、散策。最初はバスで街の中心まで行こうかと思ったけど、乗り方がわからなくてあたふたするのも嫌だなと思って、付近を歩くことにする。しばらくぶらぶらしていると、サッカースタジアムを発見。案内を見ると、今晩試合があるようだ。いい機会だと思って、チケットを買って観戦することにする。
夕方の試合の開始時刻まで時間をつぶし、この旅初めてのサッカー観戦。ポルトガルもサッカーがさかんな国のはず。さぞかし盛り上がるだろうと期待してスタジアム入りしたが、客はがらがらでちょっと拍子抜けした。
しかし、サッカー専用のスタジアムは立派。これが客で埋まれば迫力があるだろう。
冷え込んできたのと、帰りが遅くなるのも嫌なので、前半終了と同時に帰ろうと思ったら、出口には鍵がかかっていて、試合終了まで出られないようになっていた。爆弾を仕掛けて逃げないようにするテロ対策なのだろうか。
仕方なく、最後まで観戦。後半はゴールもあり、盛り上がった。なぜかアウェーのチームのほうが観客が多く、負けたのに歓声を上げている。消化試合だったのかもしれない。
スーパーで買い物をして、宿に戻る。オイルサーディンが安く、たくさん売られていたので、ひとつ買って帰る。サーディンを刻んで味噌汁に入れるとおいしかった。これは使える。ツナマヨネーズに、カツオのふりかけを混ぜるのもいける。これも発見。パスタソースにして食べる。
* * *
風邪をひいた。昼下がりにトイレに入って出てきたあとから、のどが痛くなり、熱っぽくなってきた。その瞬間から体が風邪対応モードに切り替わったのだろう。風邪をひく瞬間がわかるなんて、なんかすごいなと、ちょっと自慢したくなったけど、風邪なので喜んでいる場合じゃない。
それでも夕暮れまで街を歩きまわる。沈む時の太陽は意外に速く動いていることに驚く。きれいな風景を見ていると、ちょっと日本に帰りたくなってきた。安定?収入?規則正しい生活?友人? 何を求めて帰りたくなるのかわからないけど。
スーパーで、ビタミン補給にとキウイを買って帰る。
宿に戻って、風邪を悪化させたくないのでさっさと寝ようと思ったが、「ちょっと」とフロントの人に呼び止められる。
「君は金を払っていない」
「え?」
「君は昨日の分の宿泊代を払っていないだろう」
宿には何日滞在するか決めてないので、1日ごとに宿泊を延長して、そのたびに宿代を払っている。今日で3日目なのだが、昨日の分を払っていないと言うのだ。
「そんなはずはない。ちゃんと払ったけど」と答えると「いや、こちらに記録がない。だから君は払ってない」と言う。
記録してないのはそっちの問題ではないだろうか。
「確かに払った」
「じゃあ誰に払ったのだ?」
え、えーと、急に言われるとわかんないな……
ほら、みてみなさい、というような顔で答えを待つフロントの人。ケチケチ旅行をしている自分が、払ったお金のことを忘れるはずがないだろうと思うが、ここでそんなことを説明してもしょうがない。
誰に払ったんだっけなあ……と何とか思い出そうとする。 そうそう、確かあのとき、つり銭を小銭で渡されてまいったんだったよなあ……
あ、思い出した!
払った相手は……あんたじゃないか!
と言うと、
「え? あ、そうだっけ? おかしいな……まあいいや。オッケーオッケー」と言いながら、その人は奥に引っ込んでしまった。
キウイを食って、さっさと寝る。
* * *
ポルトガルはスイーツ天国である。街の至るところにおかし屋さんがあって、自家製のタルトやカステラやクッキーを売っている。安くて、おいしい。小腹が減っては食べている。食べたいものを指差せばいいから簡単だ。
昼食は人の良さそうなおじさんがやっている庶民的な食堂に入ってみる。手書きのメニューを渡されるが、何が何か全くわからない。値段を見て、あてずっぽうで注文する。
大盛りのサラダとパンが運ばれてきた、ああ、注文したのはサラダだったのか。昼ごはんだし、風邪引いてるから野菜も食べないといけないし、ちょうどいいかもしれない。
と納得して、むしゃむしゃと食べる。しばらくして、もう一皿やってきた。焼き肉とポテトがこれまた大盛り! そうか、これが頼んだやつだったのね。なんともボリュームたっぷりの食事だ。
ん?ということは、サラダはセットだったのか?
と思って会計を見ると、ちゃっかり別料金で請求されていた。
そういえば、どこかの国のレストランでは、頼んでないものが勝手に運ばれてきて、食べると料金が加算される、という話を前に聞いたことがあった。それがポルトガルだったのかもしれない。
でもまあ、野菜も補給できて満足だ。体力も回復するだろう。
* * *
バスでポルトを離れ、ファティマという街に移動。
ファティマは、かつて聖母マリアが降臨して奇跡を起こしたとされている場所で、毎年たくさんの巡礼者が訪れている。
「ファティマの奇跡」と呼ばれるその奇跡が起こったのは、 20世紀に入ってからの1918年のことだという。けっこう最近だ。すでに写真も映像もある時代である。そんな話がどうやって信じられたのだろう。
町の中心に向かって歩いていくと、聖堂と大広場があった。奈良の天理みたいな町だなと思う。でも平日で閑散としていたからか、聖地らしい独特の雰囲気はとくに感じられなかった。
広場がすごい数の人であふれかえっている写真が展示されていた。祭典があるときはまた違った雰囲気になるのだろう。ローマ法王など偉人も訪れているそうだ。
ファティマからバスで1時間弱のレイリアという街に移動。
ここは小さくて感じのいい町だ。主要な場所が歩ける範囲にコンパクトに集まっていて便利。このくらいのサイズの町が理想的だと思う。
今日はわりとうまく事が運んだ。朝予定していたバスに乗り遅れたのに、結果的にもっと便利なバスが見つかり、移動→観光→宿という流れが効率的だった。
自分で言うのもなんだけど、旅の運はいいのかもしれない。いや、そんなこと言うと運が逃げそうなので、やっぱたいしたことないと思う。
* * *
バスで首都リスボンに移動。高速道路の移動はあまり面白くない。そして大都市では宿までの移動が面倒だ。荷物を背負っての移動はつらい。訓練だと思ってがんばる。何の訓練かは不明だけど。
宿に荷を降ろしてから、1998年に開催された万博の跡地付近を散策する。細かい地図もないので、足の向くほうに歩いてみる。いい町だと、勝手におもしろいところに連れて行ってくれる気がする。
水族館に出くわした。聞くところによるとヨーロッパ最大の水族館なのだそうだ。水族館に入るとテンションが上がり、子供と争うようにして水槽にへばりついてしまった。
大きな水槽には魚だけでなく、鳥やペンギンやラッコまでいて、海の生物がひと通り堪能できる。魚をモチーフにデザインされたTシャツがいい感じだったので、思わず購入。水族館は楽しい。
夜、相部屋になったフランス人のおじさんが酔っているのか、しゃべりだすと止まらない。比喩ではなく、ほんとに1時間くらいノンストップで話つづけた。その間にこちらが差し挟んだ言葉は合計30秒くらいだろう。残りの59分30秒は彼が話し続けていた。
彼は英語で話しているのだけど、いまいち何を言っているかわからないし、下手に「どういうこと?」などと訊けば、さらに話が長引くのでヤブヘビである。かといって、まったく話を聞かず相づちだけ打っていると、「Understand?」とか言って確認してくるので、ほったらかすこともできないのだった。
国や文化によって、会話とか雑談の仕方がどう違うか調べると面白いかもなあと思いながら、聞いていた。
* * *
ポルトガルに来て初めての雨。昼過ぎまで降り続く。
雨が上がってから、リスボンの近くにあるシントラという町に行ってみる。歴史的な街並みが有名で、ポルトで出会った韓国人の男の子もすすめていた。
リスボンから電車で1時間くらい。山間に古い街がありたしかに良い感じの場所だ。ただちょっと観光化されすぎているように思う。
良い場所に観光客が訪れることは避けられない。自分も観光客の1人だ。でも、その場所特有の空気が、観光客の雰囲気に持っていかれてしまっていると残念だなあと思う。
たとえば、有名なお店に並ぶお客の行列、とかは、あまりこの場所に似合わない光景だと思った。
* * *
昨日洗った洗濯物が全然乾いていない。洗濯すべきタイミングではなかった。気温と湿度の判断を間違えた。
リスボンの旧市街を歩く。起伏があり曲がりくねった道。細い道を歩いていると、ここ入り込んでよかったのか?というドキドキ感がある。サッカーをして遊んでいる子供たちがいて、混ぜてもらいたいなとちょっと思ったが、やめておく。
次の街に移動するのに、バスのパスを買うかどうか悩む。ヨーロッパには、ユーロラインズパスというチケットがあって、それを買うとヨーロッパ内のバスが一定期間乗り放題になる。
乗り放題というのは魅力的なのだけど、それなりの値段なので元が取れるか微妙だ。というより、この先のルートを決めていないので、元が取れるか正確に計算することができない。
縛られてしまうのもいやだ。たとえば15日間のパスパスとは、最初の日から連続して15日有効という意味である。つまり15日間移動しまくったほうが得だ。そうなると元を取ることに必死になって、移動が旅の目的となってしまうかもしれない。それはそれで面白いんだけど、それだけに縛られてしまうのはちょっとどうか、と思う。
あと、バスしか乗れないというのもネック。電車にも乗りたいし、飛行機を使ったほうが安いこともままある。
そんなこんなと悩みつつ、駅の販売ブースに行ってみると、ちょうど閉店したところだった。今日の夜行でスペインに移動しようと思っていたので、買うなら今日中だったのだが遅かった。
買えなかったら買えなかったで、ああ、買っとけばよかったかなと思う。さっさと買っとけば得したものを、うだうだ悩んでいるうちに結局損をする、というのがいつものパターンだ。
夜行バスでスペインのマドリードへ。
(スペイン編に続く)
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