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いかにしてクイズはつくられたか

 2023年1月9日に「みんなで早押しクイズ」にて企画『New Theory』を行った。本記事では、出題したクイズの一部を振り返りながら着想元や作問の経緯などについて記述したい。

まえがき

 世の中には数多のクイズ問題集があふれているが、作問する過程でどのような資料を参考にしたか、どのような題意があるのか記載したものは少ない。中にはそういった解説をTwitterなどで行う人もいるが、SNSよりも1つの記事としてまとめた方が記録方法として望ましいであろう。本記事は、クイズを作る際の情報の入手元や出題者の作意を記すことで、クイズ作成に興味のある人・クイズができるまでの道のりを知りたい人が新たな知見を得ることを期待するものである。

 なお、私は最近、クイズ界のメインストリームを追っておらず、また最新の問題集もあまり読んでいないことを留意されたい。記事の中の意見や問題提起に関し、クイズ界の実情を反映していないとか、既に議論され尽くして結論が出ているという可能性もあるが、どうかご容赦いただきたい。



解説


Q. ロシア語で「戦争」という意味がある、2005年にオレグ・ヴォロトニコフとナタリア・ソコルを中心に結成されたアート・アクティビズムのグループで、代表作にロシア連邦保安庁前にある跳ね橋に全長65mの男根像を描いた『KGBに捕捉されたペニス』があるのは何?
A. ヴォイナ [Voina/Война]

 本問は、山本浩貴『現代美術史 欧米、日本、トランスナショナル』(中公新書、2019)の記述をもとに作られている。『KGBに~』という邦題が一般的なのかは不明であるが、当書内の表記をそのまま用いた。英語版Wikipediaだと作品名は『Giant Galactic Space Penis』と書かれている。

 昨年3月には、ロシアの国営テレビで戦争反対を訴える職員がメッセージを書いた紙を掲げて話題となったが、紙を持つ左手のあたりに「война」と書かれている。

 この問題はロシア語訳さえできればアートの知識がなくても正解できるため、時事の面からもわかる人がいるのではないかと思ったが、当日正解者は0人だった。
 
 私は自分のクイズが解答者の印象に残るものになってほしいと思っているが、本問は「戦争」や「ペニス」という強いワードが出てくるため、なかなかインパクトのある問題になったと自負している。


Q. イースター島に生息するStreptomyces hygroscopicusという放線菌から発見され、イースター島の現地での呼び名にちなんで名づけられた、細胞成長・増殖のシグナル経路において重要な役割を担うmTORC1を阻害する働きをもつことから、免疫抑制剤として利用される天然化合物は何?
A. ラパマイシン【シロリムス】

 普段論文などを読んでいて頻繁に出てくる薬剤なので、一般的な知名度はどれほどなのかと思い出題した。基礎研究ではラパマイシン、臨床ではシロリムスと呼ばれることが多いようである。私は基礎研究側の人間なので、前者をメインの解答とした。本問の作成にあたっては、特にCell MetabolismのLiら(2014)の論文を参考にした。

 ラパマイシンの誘導体をラパログといい、エベロリムスやテムシロリムスがある。このようにmTORC1を阻害する働きをもつ化合物は複数あるので、問題文後半は詳細な説明のようでありながら、むしろ答えを限定する機能がない。おそらく放線菌の名前だけで確定すると思うが、一応イースター島にちなむ名前を持つという点を付け加えておいた。
 mTORC1は「Mechanistic Target Of Rapamycin Complex 1」の略であり、ラパマイシンありきのネーミングである。


Q. サウナで全身を叩くようにして使う、シラカバの枝葉を束ねたものを何という?
A. ヴィヒタ

 サウナで用いられるシラカバなどの枝葉を束ねたものを一般にサウナウィスクといい、これを使って体を叩くことをウィスキングという。特にフィンランド式のサウナで使われるサウナウィスクをヴィヒタというようである。またロシア式サウナ「バーニャ」ではヴィヒタのことをヴェーニクという。
 これが、私がネット上で調べたヴィヒタに関する情報のまとめである。

 したがって、この問題文では答えが一意に決まらなかった。さらに、出題時は2文字目の選択肢に「ェ」があり、ヴェーニクという解答を除外できていなかったため、不備のあるクイズだった。申し訳ありませんでした。

 冒頭を「フィンランド式サウナで~」とすれば限定ができていると思う。ただし、ヴィヒタという呼び名は広く用いられているようで、必ずしもフィンランド式でなくともヴィヒタという呼ぶことはあるようである。このあたり、どのようにして答えを1つに絞れる文にするか難しい。

 なお、自分はサウナに行ったことがない。この言葉を知ったのはサウナを舞台にした脱出ゲーム『サウナの鍵穴』であった。


Q. 音を出す原理に基づいて、楽器を体鳴楽器、膜鳴楽器、弦鳴楽器、気鳴楽器、電鳴楽器の5つに分類する方法を、1914年に発表したドイツの2人の比較音楽学者の名前から何という?
A. ザックス=ホルンボステル分類法

 本問は主に、フランソワ・デュボワ『楽器の科学 美しい音色を生み出す「構造」と「しくみ」』(講談社ブルーバックス、2022)の記述をもとにしている。当書では「ホルンボステル=ザックス分類法(HS法)」という表記だったが、ネットで調べるとWikipediaなどはザックス=ホルンボステルとしており、この表記も多い。調べた限りはどちらでもよさそうなので、今回は後者を採用した。

 この分類法は、発表当初には電鳴楽器というカテゴリーがなく4つから成っていたが、後に追加されて5つとなった。そのためこの問題文だとやや不正確かもしれないが、うまい解決案が浮かばなかった。


Q. The ChainsmokersとILLENIUMの『Takeaway』のミュージックビデオでは彼らアーティストが向かう舞台となっている、ロンドン出身のデザイナーであるトーマス・ヘザウィックが設計した、154の階段と80の踊り場のみで構成され、オレンジ色に輝く側面や六角形の構造が蜂の巣を連想させる、ニューヨーク市マンハッタンのハドソンヤードに位置するアート建築を、「容器」という意味の英語で何という?
A. ベッセル


 『Takeaway』がリリースされたのは2019年7月であり、この建物の存在を知ったのもその時だったので、クイズにする着想は3年ほど前からあったのだが、なかなか形にできていなかった。このミュージックビデオでは空中からダイナミックな撮影がされている。

 2022年12月号の『Newton』にて世界の最新建築に関する記事があり、その中でベッセルも紹介されていたことで、改めて作問に至った。2019年当時は英語をあまり読めなかったが、今では読めるようになり情報収集の効率が上がったのも影響していると思う。
 「154の階段」とはひとつながりの階段が154セットあるという意味で、段数の合計は2500である。

 残念ながら飛び降り自殺する人が相次いだため、現在は1階部分以外は閉鎖されているようである(https://www.hudsonyardsnewyork.com/discover/vessel)。


Q. 本名を山口大樹という、土岡哲朗とともにお笑いコンビ「春とヒコーキ」を結成している芸人で、ABEMA NEWSの街頭インタビューで「バキバキ童貞です」と答えたことから「バキ童」と呼ばれているのは誰?
A. ぐんぴぃ


 ぐんぴぃの存在は川崎順平の漫画『童貞絶滅列島』を通じて知った(http://nico.ms/mg425193)。この話が公開されたのは2019年9月なので、こちらも3年ほど前から構想があったことになる。そのため2023年に出題するのは時代遅れかな?と思っていたのだが、TwitterやYouTubeを見た感じでは最近も結構人気があるようだったので、悪くなかっただろう。


Q. 生物学では「卵割」、鉱物学では「劈開」という意味で用いられるが、「胸の谷間」という意味もあるため、画像検索するとおっぱいの画像ばかり出てくる英単語は何?
A. cleavage

 発生学の勉強で知った単語で、学問で用いられる専門用語であるにもかかわらず、意外な別の意味を併せ持つ点が面白い、というコンセプトの問題である。「画像検索すると~」の部分はなくても問題として成立するが、卵割の画像を見ようとしたら巨乳の画像ばかり出てきて驚いたという自分の経験を含めた方が、問題にインパクトがあると考えた。文中の表記も「巨乳の画像」や「乳房の画像」でもいいのだが、あえて「おっぱい」という書き方にすることで印象に残るのではないかと思う。
 逆に、「胸の谷間」という意味は知っていたが学問的に使われることは知らなかった、という人にはあまり面白くないかもしれない。俗→雅よりも雅→俗の方向に話が進んだほうが、妙なギャップがあっていいだろう。


Q. 大阪・和歌山で旋盤工を9年間、東京でドライバーを32年間勤めた後、2010年に長崎県知事選挙に立候補し、その政見放送では机を叩きながら「ナンバーワーン!ナンバーワ~ン!」「朝は~グッドモーニング」と浪曲のような演説(?)を行ったことで知られる人物は誰?
A. 松下満幸

 政見放送MAD界隈では外山恒一などと並んで有名な人物なのだが、当日正解は0人。地下クイズっぽさがあって面白そうなので出題したが、いかんせんこの人物に関する情報が少なく、ほとんどが政見放送の動画をもとにしている。

 地下クイズを推奨するわけではないが、ヘテロドックスな知識を活用できる場所があればいいのにと思う。私は解答者としてはそれができなさそうだから、出題者として叶えたいと思っている。「みんはや」のフリーマッチは玉石混淆であるが、知識の多様性を認め合うという点ではいい場所なのではないだろうか。


Q. ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の初期観測で撮影され、2022年7月に南のリング星雲やイータカリーナ星雲にある「宇宙の断崖」とともに画像が公開された、ペガスス座の方角にあり、物理的に相互作用しているNGC7317、NGC7318A、NGC7318B、NGC7319およびそれらと離れた位置にあるNGC7320の5つの銀河のことを、1877年に発見したフランスの天文学者の名前から何という?
A. ステファンの五つ子

 いつも通りというべきか、『Newton』の特集で知った銀河集団である。前半のジェームズ・ウェッブ望遠鏡(JWST)の部分はあまりヒントになっていないが、JWST自体は天文学におけるブレークスルーであるから名前を出したいし、後半が記号だらけで味気なくなってしまうので、このような構成になった。
 最初は「宇宙の断崖」のほうを答えにする案もあったが、あまりうまくいかなかったので、JWST関連の別の事物に変更した。
 なお、JWSTの初期観測で撮影された画像は5つが公開されている(https://www.nasa.gov/webbfirstimages)。 問題文が長くなるので前フリでは2つにとどめたが、興味があれば目を通してみてほしい。
 NGC7320は、他4つの銀河とは数億光年のレベルで距離が離れているが、同じ方向にあるがゆえに見かけ上は近くにあるように見えるため、まとめて五つ子として扱われている。この問題文では「物理的に相互作用している」「それらと離れた位置にある」という抽象的な説明なので、そのことが伝わりにくいかもしれない。そもそもこういった天体は見た目の美しさが大きな魅力なので、画像クイズとして出題するのが一番いいだろう。



あとがき

 本記事では、私がクイズを作る際にどのような情報源を土台にし、その上にどのような思考の様式をもって文章を構築し、問題ができあがるかをごく短くまとめた。
 また、いくつかの問題では反省点も述べた。出題したクイズは放置するのではなく、内容を振り返り、改善点を見つけていくことが、よりよいクイズを作ることにつながると思う。クイズ界は他人のクイズをあまり批判しないようにする傾向があるが、何事も洗練するには批判と議論が必要である。少なくとも私は批判を受けるのは構わないから、私の作ったクイズに不備や改善点があればSNSやメールで指摘してほしい。

 本記事が読者にとってクイズを作る際のヒントとなり、あるいは新たな知識を得るきっかけとなれば幸いである。

 後日、クイズを作るときに用いた参考資料を紹介したいと思う。お読みいただきありがとうございました。



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