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いかにしてクイズは作られたか(3)

2023年7月16日に企画『Insane Interest』を開催した。すっかり遅くなってしまったが、本記事では、出題したクイズの一部を振り返りながら着想元や作問の経緯などについて記述したい。
なお、本記事で紹介するクイズはすべて2023年8年に発売した『Imperfect Integrity』に掲載されている。


解説

Q. 預言者ムハンマドをメッカからエルサレムまで運んだ天馬の名前にちなんで名付けられた、モロッコのカサブランカからタンジェまでを結ぶ、2018 年 11 月に開通したアフリカ初の高速鉄道は何?
A. アル・ボラク [Al Boraq]

『Newton 2023年2月号』の特集「世界の高速鉄道」でアル・ボラクが紹介されていた。「アフリカ初の高速鉄道」という特筆性があるのだが、ネットでの情報収集はやや難儀した。

Wikipedia(英語版)ではアル・ボラクについて「magical horse-like creature」と記述されており、単に馬とは言い切れないもどかしさがあった。悩んだ末、「天馬」という表現を用いることにした。

実を言うとこれが鉄道路線としての名称なのかは不明瞭であり、どちらかと言えば車両の愛称なのかと考えている(日本の「はやぶさ」「ひかり」などのような)。鉄道路線の名前は、Wikipediaでは「タンジェ=カサブランカ高速鉄道」という記事名であり、東洋経済オンラインによれば「LGVモロッコ」となっている。


Q. 古代ギリシア語で「ホームレス」という意味があり、これに対する抵抗性の獲得ががん細胞の転移に必要であることから研究が進められている、細胞が細胞外マトリックスから脱離した際に起こるアポトーシスを何という?
A. アノイキス [anoikis]

この現象は『Developmental Cell』に掲載されたMacabentaら(2022)の論文で知ったものである。細胞死についてはそれまでも色々調べていたのだが、研究室の読み会で本論文が紹介されるまではアノイキスという呼称は知らなかった。

また、語源についてはFrischら(1997)の論文を参照している。アポトーシスもギリシア語由来だが、よくこんなネーミングが思いつくものだと感心する。

下の論文では、アノイキスのメカニズムとムチンとの関係について短くまとめられているので参考にされたい。

面白いことに、古代ギリシアには既にホームレスという概念があったのだろう。確かに、哲学者のディオゲネスはホームレスのような生活を送っていたというが…。


Q. 「READYFOR」「CAMPFIRE」「Makuake」といえば、どんなサービスを提供しているウェブサイト?
A. クラウドファンディング

根来龍之、富樫佳織、足代訓史『この一冊で全部わかる ビジネスモデル』(SBクリエイティブ、2020)を読んで着想を得た。

この問題は「ペーパークイズで出たときに差がつきそうな問題」をイメージして作った。具体的には、学生向け100問ペーパークイズの70問目あたりで出題した場合に、正解率が60%前後になることを想定している。

本問はヒントが名称の羅列のみであるが、この手の問題の構成として、羅列の後に詳細な説明を持ってくることでより正解を期待できる問題にすることができる。たとえば

「READYFOR」「CAMPFIRE」「Makuake」などが代表的なウェブサイトとして知られる、インターネットを通じて不特定多数の人から資金を調達する方法を何という?

という文にもできる。このような個別の事例から一般的な説明へとつなげる構成は、早押しクイズで出題するのに適しているだろう。
一方で、あえて本問のような前フリだけの構成にすると、知識の差が正解できるかどうかに影響しやすくなる。特に私の企画は早押しボーナスなし・全文表示のペーパー形式で行っているので、前フリに対する反射神経よりも、限られた情報から答えを導く力を評価しやすい。

また、類題として、拙作『Evoked Emotions』では次のような問題を掲載している。

「Studio Wakaba」「Jammsworks」「Room's Room」「NEAT ESCAPE」といえば、主に何を制作している開発者?

『かこんでいたのにひどいや』『はなの下のミゾはハナミゾって名前でどうスか?』『ひーひーいってたら未来からきちゃった』といえば、何という漫画の大長編?


Q. 地価の高騰や元々の住人が追い出されてしまうという問題点がある、イギリスの社会学者ルース・グラスが造語した、低所得層の居住地域に中・上流階層が流入することで、地域の富裕化が進む現象を何という?
A. ジェントリフィケーション

Q. 皆が気づいているが、あえて見て見ぬ振りをしている問題を、ある動物を使った英語の表現で「部屋の中の何」という?
A. 部屋の中の象

これらはともに現代ビジネス 編『日本の死角』(講談社現代新書、2023)で知ったものである。

(前者)日本でのジェントリフィケーションの例として、京都市の西陣地区や石川県金沢市が挙げられている(藤塚、1992内田、2015)。

(後者)「英語の表現」でとあるが、これは元々「elephant in the room」という英語の語句で、日本で生まれた言葉ではない、という意味である。

恥ずかしながら私は最近まで知らなかった概念なのだが、正解率は前者が60%、後者は80%以上だったので、どうやら有名だったようである。


Q. その名には「砂の貴婦人」という意味がある、父・ハイセイコー、母・イエンライトの競走馬で、岸滋彦の騎乗で 1989 年のエリザベス女王杯を 20 頭立て 20 番人気で勝利し、このときの単勝配当 43060 円は JRA の GⅠレースにおける単勝の最高配当記録となっているのは何?
A. サンドピアリス

私は競馬ファンなのでよく競馬クイズを作っているが、ちょうどよい難易度の問題にするのは難しい。これまで「倉田大誠」「川島壮雄」など近年の名実況で知られるアナウンサーのクイズを出したことがあったが、正解率は低かった(杉本清や青嶋達也あたりならもっと正解が出るのだろうが)。一方で「コダマ」など競走馬の名前を問うものは比較的正解が出やすい傾向があったので、本問は3割程度の正解が出ることを狙って作成した。

サンドピアリス自体は上述の記録のために割と有名なほうで、人気薄の馬が大駆けすることを期待して「二度あることはサンドピアリス」という文句も生まれた。個人的には同年のホーリックス並の「事件」だと思うのだが、並べて語られることはあまりないようである。

なお、GⅠレースを最低人気で勝利した馬はサンドピアリス以外に、2000年スプリンターズステークスのダイタクヤマト(鞍上は穴騎手として有名な江田照男)、2001年の中山大障害(J・GⅠ)のユウフヨウホウ、2014年フェブラリーステークスのコパノリッキーがいる。他に波乱を起こした馬として、1985年天皇賞(秋)のギャロップダイナ、1991年有馬記念のダイユウサク、2015年ヴィクトリアマイルで3着に入ったミナレット(これも鞍上は江田照男)などが知られる。



以上で振り返りを終えたい。オリジナリティのあるクイズを作るのは容易ではないが、まして自分の場合、クイズ界の潮流をほとんど追っていないので、オリジナリティがあるのかどうかも評価しづらい。先行研究を調査する意味で、他者が作ったクイズにも触れていかなければならないと感じている。

また、2023年12月に行った企画についても、早めに記事を書きたいと思っている。引き続きご覧いただければ幸いである。

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